「我が家が一番だろうけど」2007年地震で妻亡くした宮腰さんの“選択”

宮腰昇一さん78歳。輪島市宅田町の復興公営住宅を「第一希望」にして、入居を申し込みました。

宮腰昇一さん
「30年間付いてきてくれた。私はそれに一番感謝している」(2007年3月)

すし職人だった宮腰さんは2007年3月に発生した能登半島地震で妻を亡くしました。その後、すし店の営業を再開しましたが、2024年の能登半島地震で店舗兼自宅は再び被災。この2年半近くは仮設住宅で生活しています。

宮腰昇一さん
「こういうところ(集合住宅)に住んだことないし…まあ我が家が一番いいんだろうけどね」「私は気は弱いし、隣に気の強い人がくると不安」

新聞に載った完成イメージを眺め、希望が通ることを祈る宮腰さん。住み慣れた場所を離れ、新たな「ついの住みか」を求めるのか。それとも、元の場所で自宅を再建するのか。