「基地があるのが当たり前」“共生”する街・佐世保
長崎県佐世保市では、毎朝8時、街中にアメリカ国歌と君が代が響く。

そこへ日本海で弾道ミサイルの警戒にあたっていたイージス艦「こんごう」が現れる。

そして、周囲を威圧するようにそびえるのは、高さ約130メートルの巨大な3本の無線塔。真珠湾攻撃の極秘情報を発信したと言われる。
1889年、日本海軍が鎮守府を置いた小さな漁村は巨大な軍港に変容した。
佐世保市は戦前と戦後が混在する基地の街だ。基地との“共生”を掲げる佐世保市には、「基地政策局」が存在する。

佐世保市基地政策局 吉本泉 局次長
「共生の街ですね。常に基地と共に歩んできたので、基地があるのが当たり前」
基地政策局は、基地の経済波及効果を年間約1320億円と試算している。
佐世保市基地政策局 吉本泉 局次長
「人口を維持する為にも、経済的な部分が大きいと認識している。そこでの基地の必要性、何よりも国防の一翼を担う」
市役所には自衛隊員が頻繁に出入りする。雇用する退職自衛官はイージス艦の艦長を含め、30人にのぼる。

旧海軍の軍事施設は戦後アメリカ軍が接収し、現在も使用している。佐世保は在日アメリカ海軍の拠点でもあるのだ。

旧海軍が建設した赤崎貯油所の地下タンクには、約20万キロリットルの燃料が備蓄されている。大型タンカー1隻がそのまま埋まっている計算だ。
前畑弾薬庫の弾薬は総量4万6000トン、アジア太平洋地域では最大の規模だ。

イラン攻撃で中東に派遣されていた強襲揚陸艦トリポリも帰還してきた。地球規模で展開するアメリカ軍の“継戦能力”を支えている実態が浮かび上がる。














