評価手法の未成熟さ
以上のような指摘や議論を踏まえた上で、あらためて今回の「中期目標」を熟読してみた。ここでは「国立美術館 中期目標」から引用する。
前田(2007)は「2001年の博物館・美術館の独立行政法人化とともに、従来の評価作業とは異なる制度が導入された」と指摘している。筆者もこの主張には賛同する。
2000年までは、我が国の博物館界で実施されていた「展示評価」という枠組みがあった。展示に特化した評価体系・実践であったが、「効率性や経済性」と「公共性や文化的価値」に関する幅広い対象を評価するもので、来館者調査とセットで扱われていた。
一方、2001年からの独立行政法人化、2003年の指定管理者制度に伴い導入された評価の枠組みは、展示だけでなく博物館全体の活動を対象としている。しかし、評価のための新たな来館者調査は十分に行われず、既存データの活用を基にした「アウトプット」中心の定量的指標に偏っている(佐々木亨2026)。
独法化以降、評価手法の改善はさまざまなところで主張されてきた。しかし、今回の中期目標の<III.国民及び外国人観光客に対して提供するサービスの質的向上>の<1.美術を取り巻く状況の変化に対応した多彩な活動の展開>を見る限り、<(2)美術創造活動の活性化の推進>では公募展示室の予約率が、<(3)美術に関する情報の拠点としての機能の向上>ではHPへのアクセス件数、デジタル化した所蔵作品データの公開率、アートライブラリーの利用者数などが、<(4)教育普及活動の充実>ではイベント参加者の満足度が並んでいる。
いちばん注目された<(1)多様な鑑賞機会の提供と経営の持続可能性の確保の両立>では、持続可能性の確保として、法人全体の展示事業に係る費用に対する展示事業に係る自己収入額の割合を次期中期目標期間中に100%とすることを目指しつつ、本中期目標期間の最終年度に「65%以上」とするが掲げられた。多様な鑑賞機会の提供では、展覧会や上映会の満足度、および地域の美術館と連携して実施する展覧会の満足度を掲げている。
しかし、どうであろうか。公募展示室の予約率、HPへのアクセス件数、所蔵作品データの公開率、アートライブラリーの利用者数は、単なる「アウトプット」指標であり、国立美術館が目指している「アウトカム」、例えば、創作活動や作品鑑賞、教育普及活動の参加の先にある、利用者側に生じることを期待する「認識や行動の変化」を直接説明するものではない。
津田塾大学総合政策学部教授の深谷健(2026)が「性質的には質的評価を要する政策や事業であっても、KPI設定(最終目標を達成するために、その過程における進捗具合を測る具体的な数値を定めること)そのものが目的化することにより、形式的な数値管理に傾斜してしまうことがある」と述べていることが、まさにここに現れていると考える。
国が提示している評価指標は、かつての「展示評価」における「効率性や経済性」のみであり、美術館が本来到達したい「公共性や文化的価値」に関する評価指標は出ていない。
なお、利用者の「満足度」も指標として中期目標で多用されているが、これを美術館のアウトカムと捉えるにはあまりに荒すぎる。なぜならば、展覧会における感動といった本質的な価値を現すこともあるが、利用者が感じている観覧料金の値ごろ感、スタッフ対応の善し悪し、観覧環境の善し悪しに、常に満足度は大きく左右されるからである。
中期目標が発表された直後、さまざまな新聞やwebマガジンなどで関係者が発言していた。例えば、短期的な効率だけでは測れない価値が本質にあり、それがどこまで中期目標に汲み取られたか疑問である。また、どうしても計測可能な部分だけが評価の焦点になるが、文化の本質的な価値は数字では測れない、といった発言をよく目にした。
前田が2007年に、定量的評価の一人歩きは文化行政にダメージを与えかねないと警鐘を鳴らしていたが、例えば2010年代には、英国においてミュージアムにおける公共価値や共同体的価値の評価が試みられていたとの報告がある(関谷泰弘 2023)。
また我が国でも、人が直接訪れることによって生じる経済波及ではなく、文化財に関する市場を通らない価値、つまり「外部便益」として、まだ訪れていないけれども将来の利用が動機となって生じる価値、訪れるか否かに関係なく文化財が存在していること自体で生じる価値を、仮想評価法を用いて定量的に算出している研究がある(垣内恵美子ほか2011)。この研究はその後、2010年代後半から国内の公立博物館・美術館でも数館に対して適用されてきた(林勇貴2016,2025,2026)。
このように豊富な先行事例を参照し、評価設計してリサーチを実施したならば、数字では測れない部分がより文化の特性に沿った形で特段に広がったはずである。併せて、文化施設が持つ短期的な効率だけでは測れない価値を見える化・顕在化させるチャレンジを、独立行政法人として行ってきたのだろうか。
例えば、手間はかかるが、来館者一人一人に起こっているであろう「アウトカム」(認識や行動の変化)を長期的に捕捉し、各自のライフヒストリーと重ねながら「ナラティブ」を丹念に記述していく方法など、文化人類学や社会学的なフィールドワークにおける手法を参考にできるであろう。
これらの独立行政法人を直接所管する歴代の文化庁長官には研究者もいたはずであり、独法化以降、国内外のさまざまな文化施設評価に関する研究成果を活用して、国立博物館・美術館の評価の枠組みを再設計するチャンスがあったはずである。にもかかわらず、なぜ長年できなかったのか大いに疑問が残る。














