「早く行け…」突然の終戦と父の最期の言葉

1945年8月、山へ家族を探しにきていた父と再会を果たすことができた。

田中愛子さん(95)
「お母さんは自殺するといってけがもしていたし、弟ももういなくなったから、お父さんはどうするのかなとビクビクしていたの。でもお父さんは責めなかった。『とにかくお前が生きていてよかったと。お前が死んでいたら、あとの子どもたちの面倒は誰が見るのか』とお母さんに声をかけたのね」

だが、吉郎さんはすでに衰弱しきっていた。

やがて、家族のもとに1枚のビラが届く。

“戦争は終わりました。避難先から出てきてください”

寝たきりになっていた吉郎さんは、愛子さんたちに「早く行け、行け」と何度も声を絞り出した。戦争は終わっても、山にはフィリピンの抗日ゲリラなどがたくさん潜んでいた。

せめて子どもたちだけでも助かってほしい。そう願った父は、愛子さんたちと別れた後、まもなく息を引き取った。56歳だった。

田中愛子さん(95)
「子どもたちが食べ物を食べて元気になるようにと。亡くなってしまったお父さんの気持ち…親の心を思い出すとね」

愛子さんは言葉に詰まり、涙を拭った。

「戦争はもう二度と繰り返してはいけません」

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