郷土史に残されていた証言

出水市の郷土史に残されていた証言によると、仙吉さんは当時、戦闘機の燃料を製造していた国営出水アルコール工場にいました。

8月1日に空襲を受けた際、ほかの工員2人とともに工場の裏門から逃げたところ、爆撃を受け戦死したということです。