何度も思い出す「事件の日」
敏さんは、何度も事件の日を思い出すと言います。当時の複雑な心境を、何もできなかったという深い自責の念とともに、あの夜の不可思議な感覚を、こう振り返ります。
(堤 敏さん)
「あの日、息子は夜10時頃になって、友達のところに本を取りに行ってくる、そう言って家を出ました」
「私は、近所の友達んとこやろな、そう思って『はよかえりよ』、それくらいの返事をしました。息子も『うん、分かった』。それが息子との最後の会話になりました」
「あのとき、『それ明日にしたらどうなん』、そう言っていたら、こんなことにならなかったんじゃないだろうか。現場に駆けつけたときに、なんにもできなかった、何かできたことがあったんじゃないだろうか」
「交差点の角には、内科医院と小児科医院があったんです。無理にでも、突き破って押し入ってでも、AEDを探せばよかったんじゃないのか。あと5分、いや、あと3分でも早く駆けつけていれば、助けることができたんじゃないのか」
「そんなことばっかり考えていました。ほんとに何にもできなかった。私は息子が倒れている前で、叫んだり呆然としたりしている中、息子の左肩あたりから流れ出ている血をじっと見つめていました」
「息子の左肩あたりから、斜め上に1メートル半か2メートルほど離れたマンホールに向かって、まっすぐに血が流れてたんです。幅はほんとに1センチほどのものです」
「よく見ると、それが真ん中が盛り上がってかまぼこ状になってるんですね。そこを指先で触ってみると、表面乾いていて指に血が付かないんです。ちょっと強めに突っつくと、ぷるんとなるんですね。それだけ盛り上がってたんですけども、ほんとにプリンかゼリーを突っついたときのように、ぷるんってなるんです。私はそれを見て、『うわー、血ってこんなことになるんや』」
「非常事態の中で、そんなことを思ってました。状況も何も分からず、混乱の中だから、仕方ないのかなと言えるのかと。それは今でも私の中で引っかかってることです。そんなことを思ってたから、なんもできへんかったやろと。ほんとに反省していいのか、反省することなのか、ちょっと引っかかってます」














