総合技術、初の甲子園へ!親子2代の教え子が拓いた道
2年連続で夏の県大会で準優勝となった総合技術の戦いをスタンドで見ていた中学生が2009年、4期生として入部しました。その選手の名は重舎塁(おもや・るい)。広陵への誘いもありましたが、西条農業出身の父・誠さんの恩師が小田監督だったこともあり、総合技術を選びました。(父は1988年にセンバツ出場、小田氏は当時コーチ)
親子二代で小田浩の指導を仰ぎ、甲子園をめざした重舎は、2年の秋、キャプテンとなると県大会で広陵を破り3位に入り中国大会進出を決めます。父と同じポジションであるキャッチャーとしてチームをまとめ中国大会では優勝した岡山・関西に準決勝で1対0で敗れましたが、年をまたいだ2011年1月、センバツ出場の吉報が届きました。総合技術にとっては創部6年目で初。小田監督にとっては18年ぶりの甲子園切符となりました。
「甲子園で1勝して父の成績を超えたい」と重舎キャプテンが意気込んだセンバツでは大阪・履正社の前に敗れ残念ながら初戦敗退。それでも父・誠さんは、小田監督のもとで新たな歴史を作った息子を誇らしくアルプスから見守っていました。
そして小田監督はこの2011年を最後に、高校野球の指導から離れることになります。














