10年前の被災者は…活きた過去の経験と今後の課題

震度6弱を観測した御船町の山あい。出迎えてくれたのは宮本恵里子さん(73)だ。
10年前の熊本地震で、支援物資が行き届かない地域を取材した際に出会った。

宮本恵里子さん(2016年)
「田舎はね、見捨てられているのかなって」
当時、両親と夫と4人で暮らしていた自宅は半壊。家の中は家具や食器が散乱し、傷んだ天井からの雨漏りで被害が広がった。
屋根の瓦を軽い資材に変えるなど、修繕に約2000万円かかったという。
前の地震の後、自宅の敷地内に開いた食堂。
地域活性化の拠点を目指し、地元の食材を生かした郷土料理を提供してきたが、どれほどの被害かわからず、店は休業せざるをえない状態だ。
Q.厨房もけっこう
宮本恵里子さん(73)
「全部落ちている。足の踏み場がないから入れない」
家の中も再び物が散乱したが、事前の備えで防げたこともあった。

宮本恵里子さん(73)
「(食器棚が)開かないようにしている。下に重い食器を置いて、上に小さい軽いものを置いて、開かない」
Q.食器は出なかった?
「出なかった。地震の後、防災士の試験を受けたり、いろいろ勉強会をしたり」
宮本さんは4年前に防災士の資格を取得した。高齢者が多い地域で、防災に関する知識を持った人が必要になるとの思いからだった。
御船町の防災士たちが2025年に立ち上げた、グループLINEが今回の地震で役に立ったという。

宮本恵里子さん(73)
「どこの道がふさがっているとか、全部ここに(情報が)来る」
地域のガソリンスタンドの営業状況を共有できたことも大きかった一方で…

Q.防災士のライングループで流れる情報は、地域のほかの住民にも流れていく?
宮本恵里子さん(73)
「誰もが見られる状態じゃない。防災士同士でしか見られていない。そういうものを作らなくてはいけない。それが今の課題」

















