■破壊され尽くされた街並み 色濃く残る戦争の傷跡
増尾記者
「ブチャ市内の住宅街ですが、両側の建物がほとんど、完全に崩れ落ちています」

かつては整然と並んでいたであろう、ブチャの街の住宅街も、その様相を一変させていました。民家だったと思われる場所に放置された車は、車体が焼け焦げ、窓ガラスも破られ、タイヤも焼失。家自体も屋根が崩落し、元の姿を想起することは出来ません。

住宅街を貫く道路の脇には、おそらく家の中に設置されていたであろう洗濯機が無残な姿で横たわっていました。調理器具も吹き飛ばされています。
増尾記者
「軍用車両だったということですが、粉々になって放置されているのです」

車両の車輪だと思われる部品のそばには、溶けた鉄と思われるものも散見されます。
ブチャは首都キーウから西に約30キロの場所に位置していますが、ロシア軍が占領し、キーウへ攻め込む足がかりにされた街です。1か月以上に渡り占領された街並みには、至る所に戦争の傷跡が残されています。
増尾記者
「道路には大きな穴が空いています。砲撃や爆撃の影響だということです。その近くには3メートルほどの穴も空いている状況です」

ブチャの町には、いま、ボランティアの人たちが集まってきています。「少しずつ、出来ることから」ということで、放置されたガレキを撤去する作業が進められています。
ただ、作業を進める一方で、ロシア軍が遺した“トラップ”に気を付けなければいけません。
増尾記者
「実際に遺体にトラップが仕掛けられ、遺体を回収する際に爆発してけがをしたという人もいました」
記者も「トラップが仕掛けられていないか」と気をつけながら、防弾チョッキを着た上で取材を続けています。ただ、ボランティアの方々にはそういった装備はありません。リスクを負いながらの作業を続けています。

ブチャでは400人を超える市民の犠牲がすでに確認されています。砲撃や、道路を自転車で走っていた人がロシア兵に銃殺されるなど、市民の犠牲が極めて甚大に出ている街でもあります。残っている市民はほとんどいませんが、取材中に父親と娘が散歩している姿も見られました。
増尾記者
「日常生活が戻るのがいつになるのか、全く先を見通せない。それほど街が甚大な被害を受け、破壊されていることを痛感します」
