レジェンドが説く「休養」と「食事」の意識改革

北口が選んだ新たな道は、新コーチとの再出発だった。代理人を介して交渉し、共に向き合うことになったのがヤン・ゼレズニー新コーチ(60)である。

ヤン・ゼレズニー氏

ゼレズニーコーチはオリンピック3連覇、世界陸上も3度制覇という実績を持ち、彼が1996年に叩き出した98m48の世界記録は30年経った今も破られていない。指導者としても多くのメダリストを育て上げた、やり投界の絶対的レジェンドだ。ゼレズニーコーチは「私としては榛花が遠くまで投げられることはわかっていますし、彼女の夢が70m投げることだということも知っています。私たちはそのために取り組んでいます」と太鼓判を押す。

合宿の中で行われたのは、やり投に特化した瞬発系トレーニングだった。やり投は上下の連動が不可欠な種目であるため、全身をくまなく鍛え上げていく。ウエイトトレーニングの最中には、バーベルを前にしたゼレズニーコーチから「60キロでやろう。2回だけ。3分も座って休む必要はない」と短いインターバルで力を出すよう指示が飛ぶと、北口は集中して取り組んだ。

日々の練習について北口は、スピード感が極めて重要だとし、瞬発的なメニューが増えたことでこれまでとは異なる質の疲労感を感じていると明かした。

また、ゼレズニーコーチの指導方針の中で、北口が衝撃を受けたものがあった。

「2日連続オフ。2日連続オフが一番新しく取り組んだことかな。知っている人は知っていると思うんですけど、私には休みがないっていうのが昔、今は休みが固定である」

かつてハードな練習で知られた北口のスケジュールには、決まった休みがなかった。しかしゼレズニーコーチが説いたのは、休養の重要性だった。

「榛花がとてもハードな練習をしているのは知っています。私たちにとって重要なのは、健康でいること、それが鍵です。健康でいることで結果は出るでしょう」とコーチは語り、短時間で集中する練習を求めた。

健康へのこだわりは食事にも及ぶ。日本から栄養士の濵田綾子さんが帯同し、徹底した管理を行っている。濵田さんは「トレーニングの目的とか内容がどんな感じか聞きながら、中身を調整している。今はどちらかというと減量していらっしゃるので、そんなにたくさんにすることはない」と話す。

異国の地でも日本食をベースに体を作る北口。休養と食への意識改革は、彼女の身体に確かな変化をもたらしていた。

昨年から彼女の身体を見続けてきたトレーナーの大桃結花さんは、その変化をこう証言する。

「最初は正直、この身体はよく頑張ってきたなという身体をしていて、それはあちこち痛くなるよねっていう感じだったんですけど。筋のはる場所もよくなりましたし、故障した筋があまり張らなくなった。全然違いますね、去年と」

休養を大切に万全の体調を整えるゼレズニー指導の手応えを、北口自身も感じていた。

「コーチが変わってたくさんいろんなことを言われるんですけど、休みが2日連続で来るので、その休みで整理できて、次の週から良い動きができたり。5日間練習して2日休みのサイクルはうまく回っているのかなと思います」