過去には「寄せ書き日の丸」に論争も 日本人にとって「日の丸」とは
日本人にとって日の丸はどのような存在なのか。

国の重要文化財に指定されている奈良県五條市の堀家住宅。その堀家で代々受け継がれてきたものがある。

堀家29代当主 堀丈太さん
「『後醍醐天皇から頂いた大切なもの』と(伝えられてきた)」
日の丸の御旗。数百年の時を経て劣化が進み、旗を広げることはできない。
堀家29代当主 堀丈太さん
「『日の本の国』と言うぐらいですから、このデザインがけっこう昔からあったんじゃないのかな。何かあったときに団結する、この旗のもとに集まるということじゃないか」

戦時中、出征する兵士には、家族や友人らが寄せ書きをした日の丸が渡された。しかし、この「寄せ書き日の丸」をめぐり、新聞の読者投稿欄で論争も起きた。

東京朝日新聞(1937年9月23日付)
「日本国民として、この尊い日の丸の国旗を墨汁や朱肉で汚すなどは以ての外である」
別の読者からは反論も。

東京朝日新聞(1937年9月25日付)
「『赤誠』(=まごころ)から発した行為が、国旗汚辱の行為と混同視されてたまるものか」
戦後、東京オリンピックが行われた1964年の政府の調査では、79%の人が自宅に日の丸の旗があると答えた。
日の丸が正式に国旗と定められたのは、1999年の国旗国歌法によるものだ。
当時の小渕総理は、「国旗の損壊を刑罰の対象とするか」と問われると…

小渕恵三 総理(当時・1999年の答弁書)
「国家の威信の保護の在り方として、刑罰をもって強制することが適当かという根本的な問題がある」
国旗をめぐってはこんな一幕もあった。2004年の園遊会、当時の天皇陛下と、東京都の教育委員を務めていた棋士の米長邦雄氏とのやりとりだ。
東京都教育委員 米長邦雄氏
「日本中の学校に国旗を揚げて国歌を斉唱させるのが私の仕事でございます」

天皇陛下(当時)
「強制になるということでないことが、望ましいこと」
東京都教育委員 米長邦雄氏
「素晴らしいお言葉をいただきまして、ありがとうございました」
天皇陛下(当時)
「どうぞ元気で」
天皇陛下が日の丸について言及するのは異例のことだった。














