息をもつかせぬ1分43秒の攻防

先手を取りたい若嶋津は有利な左を巻き替えて、再びつりで攻める。腰を伸ばし、腹を出して踏ん張ろうとする相手を見て次に外掛けを仕掛けた。決めきれなかったが、大歓声の中、逆に両差しに成功した。すると、すかさず千代の富士が自分の型である右を巻き替えにきた。それは許さなかったが、左は差されて二本差しは崩れて左四つに。ここで1分が経過した。

立ち合いから後手に回った千代の富士も勝負に出る。土俵中央から「今度はこちらの番」とばかりに、若嶋津戦でよく見せるつり寄りを出してきた。だが、想定内ではあったのだろう。外掛けでこらえ、そのまま逆に下手投げで土俵際に迫った。片足が上がってバランスを崩しかけた横綱だが、やはり下半身の粘り強さは天下一品だ。体勢を立て直した。すると、若嶋津が今度は反対の右の上手投げからの寄りで攻めたてた。だが、相手は下手投げを打ち返して粘る。右を巻き替えられたが、すぐに巻き返す。最後は上手投げに来た千代の富士の懐に重心を沈めながらこらえ、こちらは下手投げを打ち返した。相手が左足一本で必死にこらえるところを、渾身の力で伸し掛かるようにして土俵の外へ寄り倒した。1分43秒。手に汗握り、息をもつかせぬ攻防の連続。大入りの館内は歓声と悲鳴と拍手が呼応した。

2人の絶頂期の「心技体」が現れたと言ってよい一番だった。大型化が目立つ最近では両者がともに両まわしを引き合い、互いの技を受けあって、その技を切り返すことや、粘り合いが少ない。押し相撲が増えたせいもあるが、土俵際で踏ん張るよりも、すぐに体を開き、一発逆転を狙う動きが多い。決まれば、逆転するが、決まらなければ、あっけなく勝負が終わる感じだ。しかし、「ウルフ」と「黒ヒョウ」の勝負は巻き替えの応酬、左右の投げの打ち合い、そしてつり合い、粘り合い。全ての動きに観客の心が躍った。培われた力と技、そして執念。勝利への道筋の魅力が詰め込まれた、まさに昭和の大相撲だった。

千代の富士が認めた地力

敗れた千代の富士は取組後の支度部屋で、熱戦を振りかえってこう話したという。「ダメだねぇ。両差しにこだわりすぎた。右四つになっても最後までは攻め切れない」。対戦成績では大きくリードはしていたが、当時の若嶋津の地力を認めていたからこそのコメントだったのだろう。

この一番で力を使い果たしたわけではなかろうが、千秋楽の若嶋津は初優勝を目指した朝潮の出足を止められずに完敗。その後は優勝争いに絡むことは出来なかった。この場所は、東西の横綱に千代の富士と隆の里。大関には2人のほかに北天祐と琴風。その他にも幕内上位に後の横綱が4人いた。関脇の保志(後の北勝海)と大乃国。小結の北尾(後の双羽黒)。東前頭筆頭に旭富士。また、275㎏で「昭和の黒船」と恐れられて後に大関になる小錦も西前頭3枚目だった。文字通り、「群雄割拠」。完全な大型化が始まる前の時代の話だ。