「両親を元気づけよう」と感情を抑えた日々

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周囲からの理解のない言動に追い詰められながらも、伊東さんは同時に、多くの人々の善意に支えられていたことも忘れていません。

(伊東秀彦さん)
「両親は、私がいるからか、社会生活・家庭生活を踏ん張ってはいたんですけれども、それでも家の中ではなかなかしんどいところもありまして」

「例えば、寝ぼけた母親が突然半笑いで涙を浮かべながら『もうお兄ちゃんは死んじゃったんだ』と言っているのを、私のほうがなだめて正気に戻させるということもありました」

「私自身も、誰に相談したらいいかも分からなかったので、なんとなく孤独感というか、この日々をどう消化してったらいいんだろうということで悩んでいました」

「この事件があるまでは、もう何も考えずにサッカーばっかりやってるような中学生でしたが、事件以後はなかなかいろいろ考えることも増え、両親を少しでも元気づけようと考えるようになり、感情はなるべく抑えようと、中学校2年生ながらそんなことを考えていました」

「今からもう30年ほど前の事件だったということと、それから異国の地の事件だったということで、やむを得ない面はもちろんあるっていうのは分かってはいるものの、専門家を含めて周囲に支援者みたいなのがいれば、もう少しいろいろ楽もあったのかなと思いました。そのあたりが、今の自分の活動の原点にもなっているところです」

「いろいろ傷ついたっていう話もしている中ですが、多くの方々に支えられたのは事実で、専門家かどうかはともかくとしても周囲のご近所の方だったり、あるいはマスコミの中でも決して腹が立つ人ばかりではなく、マスコミの方は情報を持ってますので『伊東さん、今こういう状況だよ』とか教えてくれたり、『今後はこういうふうになるもんだよ』って教えてくれる方もたくさんいました」

「なので、多くの方に助けられたのは事実ですので、その点は強調しておきたいと思います」