名前なき命も 遺族たちがつないだ“生きた証”

小川彩佳キャスター:
昌子さんは毎年欠かさず平和の礎を訪れていたそうです。刻まれたいくつもの名前を見つめる中で、妹・節子さんの名前をなんとかして残すことができたらという思いを少しずつ強くしていかれたそうです。
取材の日、新たに刻銘された別の方のご遺族にもお話を伺ったのですが、戦死したおじいちゃんの兄弟の名前がないことが、ずっとご家族の中で心残りだったそうです。やっと刻銘できてほっとしたとおっしゃっていました。
刻まれたお名前の中には「〇〇の子」や「〇〇の三男」といった、名前がわからない、あるいは名前がつく前に亡くなった方の存在も刻まれています。
平和の礎は一人ひとりの命を忘れたくない、存在した証を何とかして残したいというご遺族たちの思いによって紡がれ、育てられてきた場所だと思います。
昌子さんの背中を押したのも、ある意味ではその昌子さんの思い一つだけではなく、平和の礎に刻まれた多くの方々の記憶だったのかもしれないと思います。
国を越えて犠牲者刻む「平和の礎」、次の世代へつなぐ平和への思い
藤森祥平キャスター:
お一人お一人のお名前から、私たちももっと想像力を豊かに働かせなければいけないと感じました。こうして確かな温もりや生きた証を繋いでいけばいくほど、また新たな、より多くの記憶が広がっていく可能性も感じました。

地域エコノミスト 藻谷浩介さん:
平和の礎は、訪れるたびに寂しいのですが、心がすっきりと綺麗になるような場所です。
ここには日本の方はもちろん、全国から参加した兵隊の方も刻まれています。ここで大量に命を落としたアメリカ兵や、徴用されて沖縄にいて命を失った韓国や台湾の人、その他すべての人が刻まれています。
これは、日本の本来の伝統であり、戦が終われば両側の人を平等に供養するという伝統が生きている場所で、僕は戦争を忘れてはいけないという場所として世界一だと思います。
名前一つ一つから生きた証、大事に思っているものが伝わってきますよね。
私の親が戦災孤児なので、これが日本中、世界中のすべての犠牲者にある時代になればいいと思ってます。

小川彩佳キャスター:
誰かが名前を残そうと願って、その名前がまた誰かの背中を押していくという、その連なりの中でしか戦争の記憶というのは紡がれないと感じました。
藻谷浩介さん:
世界中でこれができる時代に、初めて世界は平和になると思いますね。
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<プロフィール>
藻谷浩介さん
地域エコノミスト 共著「東京脱出論」
(株)日本総研主席研究員














