「ここで骨を埋めてもいい」レバノンに残る日本人女性
レバノンにおいて、ヒズボラとはどのような存在なのか。
ヒズボラの研究をする立命館大学の末近浩太教授は…
立命館大学 国際関係学部 末近浩太 教授
「(イスラエルによる侵攻で)レバノンの領土が減ってしまい、そこに住んでいた人たちは暮らせなくなってしまうため、ヒズボラはレバノンに侵攻してきた、イスラエル軍に対する抵抗組織レジスタンスとして誕生した」
山本恵里伽キャスター
「レバノンが国家として機能を果たせなかったから、ヒズボラが誕生したということですか?」

末近 浩太教授
「暴力や支配に抵抗するというのがヒズボラの矜持であるため、国が何もできない。レバノン国家としてイスラエルを迎撃することができてないときに、もう一度、ヒズボラの軍事力が必要だと考える人たちが増えている可能性もある」

レバノン南部に住む日本人・佐藤 正子さん。レバノン人の夫と結婚し、1993年からこの場所で生活をしてきた。
レバノン在住33年 佐藤正子さん
「最初来たときに、『正子、あなた何派なの?』と聞かれた。『私は日本人ですよ』と言うと、『もっともだ』と言われた。だけど、ここら辺の人たちは“もっとも”ではない。『何派か何の宗教か』になってしまう」
夫が亡くなった後も帰国せず、レバノンに住み続けている。それはこの土地の自然と人々に魅了されているからだという。

佐藤さん
「本当に何もない時は、本当に平和でしたね。何にも音が聞こえない。ここはもう自分の家だし、皆さんと一緒に行動するしかない。去るようになったら去る。私はここで骨を埋めてもいいかなとか思っている。とにかく早く戦争が終わって、今にでも戦争が終わって欲しい、それだけです」














