「母親の表情を残したい」

内藤さんは、弟と妹を助け出したときの母・寿恵子さんの表情が忘れられないといいます。

内藤愼吾さん(87)
「助け出そうとしているときは、そばに近寄れないような、恐ろしい母親の顔を見たが、この2人を救出して『さあ逃げましょう』と降りてきたとき、表情が、なんだか仏さん、観音さんみたいな顔に変わった」

母親の表情を残したいと、70歳離れた三宅さんに託します。三宅さんは絵を描くにあたり「表情とけがの様子が、一番苦戦しそうなところ」と話します。

三宅さんがキャンバスに絵を描き始めてから3か月…。基町高校の周りに桜が咲いた4月上旬、苦戦しそうと話していた母の表情を決める日となりました。内藤さんは、三宅さんが選んで貰おうと描いた5つの表情のなかから、1つを選びます。決まった表情をもとに、三宅さんは授業やほかの作品制作の合間を縫ってひたすらに筆を執りました。

4月下旬、久しぶりの打ち合わせで、進捗した絵を見た内藤さんは、当時の様子をより少し鮮明に思い出しました。

内藤愼吾さん(87)
「考えたら、いまの2人が並んで抱きかかえられている構図より、妹は母の服の襟にすがりついて、それを母はまるで仏さんの表情のようにじっと見ていた」

忠実に再現したいと三宅さんは何度もやり直しました。徐々に、あの日の光景へと近づけていきます。