“バッシング”ではなく“エール”を受けるために

とりわけ近年においてこうした触法事案において巻き起こるのが、ネット上での激しいメディア・バッシングだ。

前述の北海道や熱海の事案でも事案発覚直後から、罵詈雑言・誹謗中傷に始まり記者の個人情報の暴露まで、何でもありの事態が続いた。ちょうど兵庫知事選の時に社会問題化した個人記者攻撃は、いまから思えばすでに随分前から何度も起きていたということになる。これが、報道機関としての「まず謝罪」という対応を生んでいることは否めない。

しかしこれが繰り返し述べるとおり、ジャーナリズム全体を弱体化させているし、何よりも社会全体のジャーナリズム全体への理解を大きく損なう方向で作用しているのではないか。

取材・報道過程の「特別扱い」の中でも特に目に見えやすい大きなものが「記者クラブ」だ。もちろん、閉鎖性や癒着などの課題がまだまだあるわけで、回を改めて触れることにしたいが、記者クラブが現在の悪しきメディア活動の元凶であって廃止すべきとの主張が研究者の中でも少なくない。

しかし、なくなることでより活性化された記者会見が頻繁に行われるようになるかという一点をとっても、その存在を全否定することは建設的ではないだろう。

関連して、行政機関のみならず立法や司法領域においても、市民一般の表現行為(アクセス行為)に比してジャーナリズム活動の優越的な地位が保証されている例は数多い。国会や法廷における撮影や取材スペースの確保など、いまや「当たり前」に見える措置も、先達たちの獲得の歴史の積み重ねである。もちろんそれらが「悪しき慣習化」している側面があり、健全な批判によってより活性化するための改善が行われることは必須である。

しかしその前提は、ここまで述べてきたようなジャーナリストの行為を社会全体で許容することが必要だし、そのための説明責任をジャーナリズムの側が負っている。その理解が浸透することで、たとえば沖縄でいえば米軍の事故があった際に、警戒線をかいくぐり、現場に少しでも接近して何が起きているかを確認することが、正当業務行為として理解される状況を作ることになる。まさに市民からのエールを受けることができるかどうかだ。

“魔法の杖”は市民の知る権利の充足のためにジャーナリストに与えられたものである。

<執筆者略歴>
山田 健太(やまだ・けんた)
専修大学ジャーナリズム学科/大学院ジャーナリズム学専攻教授。
専門は言論法、ジャーナリズム学。
自由人権協会代表理事、日本ペンクラブ副会長。放送批評懇談会、情報公開クリアリングハウスなどの各理事を務める。BPO人権委員会など歴任。
主な著書に、『法とジャーナリズム 第4版』(勁草書房)、『ジャーナリズムの倫理』(いずれも勁草書房)、『沖縄報道~日本のジャーナリズムの現在』(ちくま新書)、『転がる石のように~揺らぐジャーナリズムと軋む表現の自由』(田畑書店)ほか多数。
専修大学で一般公開の「表現の自由研究会」を開催中。

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