SNS全盛時代にあって、新聞やテレビなど伝統的な報道機関の持つ影響力や存在感は相対的に弱くなったと指摘される。しかし、健全な民主主義社会には専門的に報道に携わる組織あるいは個人が不可欠であることは論をまたない。ただ、そうした人たちの取材報道活動=ジャーナリズムを時代にあわせてアップデートすることは重要だ。そのために必要な議論の素材を提供する目的で始まった、専修大学ジャーナリズム学科・山田健太教授による連載「明日のジャーナリズムへ」の第2回は、前回に続き、ジャーナリストが持つ“魔法の杖”について。
取材・報道を「守っている」法制度
日常のジャーナリズム活動で最も力を発揮する“魔法の杖”は、報道面は名誉毀損罪の「免責要件」(違法性阻却事由)だし、取材面では同じく刑法に規定がある「正当業務行為」だ。
いずれもいつもは「くうき」のような存在で全く意識をしていないと思うが、無意識の自制も含め、実はこの2つを念頭にジャーナリストが自らの行動(取材するかしないか、報道するかしないか)を判断していることが多いはずだ。
そして何より現場に指示を出す立場のデスククラスは、より一層判断基準を自分の中で定める必要があるし(判断がブレては現場が混乱する)、そのためにも定期的に局内(社内)で現場を交えた議論をし続けることが求められる。
また単に内(会社や業界)だけでなく外(社会)に対しても、そうした判断が説得的であることについて説明できることが必要な時代に来ている。まさに、取材過程の見える化(透明性)が求められており、今日におけるジャーナリズム活動の信頼度をあげる重要な要素だろう。
善し悪しは別として、今日現在のジャーナリズム活動の中心の1つが、事件・事故報道であることは否定しがたい。国際ニュースがない日はあっても事件・事故のいわゆる社会ネタがない日はないといってもよかろう。最近でいえば、辺野古沖の抗議船転覆事故も京都府南丹市の男児殺害事件も、その報道のありようがネット界隈でも大きな話題になっているが、これもまた世間の事件・事故ニュースへの強いこだわりの裏返しともいえる。
そうした高い社会の関心を形成してきたのは、まさに従来のジャーナリズムがこの領域に傾斜した取材・報道を行ってきたからに他ならないわけだ。テレビでいえば、1回100万円といわれる中継車を出す限りは、必ず「現場」が存在し、何らかの画が撮れるネタとして、最もコストパフォーマンスがよい取材報道対象である。
しかしそれだけではなく、むしろその前提にそうした取材や報道を「守っている」法制度も存在する。
事件報道を考えてみよう。日本は当たり前に「逮捕=実名」報道が行われている。1970年代以降、こうした被疑者報道が無罪推定の原則に反し犯人視にあたるとして批判の対象ではあるものの、実名報道原則が続いている。海外では被疑者報道が匿名であったりイニシャルだったりする国も少なくない中で、本来であればもっと議論がなされてもよいテーマではある。
その意義と課題については回を改めて詳述予定だが、ここでは、本来であれば当事者から報道によって名誉毀損として訴えられかねない事件・事故報道に関し、「安心して」実名報道しているには、法制度上それなりの理由があることを確認しておきたい。














