刑法第35条 「正当行為」としての免責
実は、すべての取材活動においてもっとも重要ともいえるこの規定は、刑法「総則」の中の「犯罪の不成立及び刑の減免」にある。その第35条は「正当行為」を定めたもので、「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」とある。
これだけだとよくわからないが、前者の法令によるものとしては、消防士の救命・消火活動があり、延焼を防ぐために敢えて家を壊したり、ドアカギを壊して立ち入り病人を救出したりする行為は、現場で迷うことなく実行できるよう予め法で「罰しない」ことが定められている。
そして後者の「正当業務行為」として一般にあげられるのが、医者の治療行為として切開施術をすることや、ボクサーのリング上での殴打だ。こちらは「自動的」に免責されるのではないので、一定の条件が必要とされ、前者でいえば通常は(1)医学的適応性、(2)医術的正当性、(3)患者の同意が挙げられることが多い。ほかにも、(4)主観的な治療目的を加える場合もある。実際、医療行為が適切ではなかったとした裁判が数多くあることはご存じのとおりである。
そして、ジャーナリスト(記者)の取材行為も一般に、この正当業務行為として形式的な違法行為が免責されると考えられてきた。もっとも日常的な事件取材として、警察・検察から捜査情報を聞き出す行為も、官僚や政治家から非公開情報を入手する行為も、公務員法の職務上知り得た秘密の漏洩(そそのかし)罪に該当する可能性が高いが、まさにこうした取材行為は知る権利を実効的に実現するものであるとして判例・学説上認められてきたわけだ。
一方で、外務省密約事件(注3)において最高裁は、当該取材行為は手段・方法において法秩序全体の精神に照らし社会観念上不当であるとした(1978年5月31日決定)。これは公務員から秘密を聞き出す行為が常に正当業務行為として認められるのではなく、政府判断によってその行為が違法なものとして罰せられる可能性を示している。しかもその判断基準は社会通念(観念)という相当程度曖昧なもので、恣意性がどうしても入ってしまうことに注意が必要だ。
(注3) 通称「西山記者事件」。1972年の沖縄返還を巡っての日米政府間での密約の存在を、毎日新聞政治部記者が秘密電文を入手することで暴いたものの、情報源である外務省事務官との男女関係を利用したとして、逮捕・有罪となった事件。なお、この判例がもとになって特定秘密保護法の取材制限規定ができた。
同様に、事件・事故等の現場に立ち入った場合も、建造物侵入(住居侵入罪・刑法第130条)等に問われる可能性と背中合わせであることは間違いない。しかも「PRESS(プレス)」の腕章が水戸黄門の印籠のような役割を果たしていた時代は終わっているうえ、記者の行動は衆人監視のもとにあり、しかもスマホ等でその取材現場は撮影され、「傍若無人の悪行」として拡散される危険性とも隣り合わせだ。
そうしたなかで2021年には、記者の立ち入り行為が「不当」であるとして逮捕・書類送検される事件が続いた(いずれも不起訴)。
1つは、コロナ禍において地元大学病院の対応が問題視された際、当該大学の学内会議を「壁耳」取材(録音行為)した新聞記者が、大学職員により常人逮捕され警察に引き渡され、かつ48時間にわたって警察に拘束される事案が発生した(北海道事案・注4)。
別件では、大規模土石流発生現場の取材のため、警戒線の内側の民家に立ち入り写真撮影をした通信社記者が後日、書類送検され、社は記者を懲戒処分にした(熱海事案・注5)。
いずれの場合も以前であれば「わざわざ」逮捕したり書類送検したりすることはなかった可能性もある事案ともいえ、公権力の謙抑性が後退している象徴的な例であることを否定できない。
(注4) 北海道新聞記者・旭川医大立入取材逮捕事案、2021年6月22日
(注5) 共同通信記者・熱海土石流写真撮影事案、2021年7月4日
その意味では2024年に発生した、鹿児島県警による福岡のニュースメディア「ハンター」への強制捜査や取材データを含むPC等の押収(注6)も、そもそも警察が同メディアについて報道機関であるとの認識を持っていたのかという疑念は残るにせよ、従来であれば「遠慮」してきた報道機関への捜査であって、結果として公益目的通報の可能性があった情報源の特定を行ったという点で、時代の変わり目であるという認識を報道機関全体で共有すべき事案であった。
(注6)福岡のニュースメディア「ハンター」が鹿児島県警の内部文書を掲載したことを端緒に、2024年4月8日、鹿児島県警は同県警の巡査長(当時)を逮捕するとともに、「ハンター」の代表宅に家宅捜索に入り、パソコンや取材資料を押収した。パソコンの中には、別の警察内部からの提供資料があったとされ、後日、元生活安全部長(当時、警視正)が逮捕された。














