取材行為の正当性を裏付ける条件

ではどういう場合に、いわば「法を超えた」取材行為が「正当な業務行為」として認められるのか。

これまでの裁判例は前述の沖縄密約事件にみられるように、目的の正当性と手段・方法の相当性を示してきている。

さらにもう少し具体的に条件を書き出すならば、(1)報道目的が明確であること(公益性)、(2)事案発生当時の高い社会的関心事であること(公共性)、(3)その場に立ち入ることが(ほぼ)唯一の事実確認手段であること(非代替性)、(4)そのタイミングで立ち入ることが事実の把握にどうしても必要であること(緊急性)、(5)取材行為であることが外形的に明らかであること(明確性)、(6)形式的な違法の度合いが軽微であること(社会的相当性)などが勘案されよう。

これらの条件は、先に述べた医者の治療行為における正当業務行為の条件とも合致するものだ。したがって、すべてではないにせよ一定程度条件を満たすことが、当該取材行為が正当性を有する理由となるであろう。

それからすると、上記の2021年の2例も結果として不起訴処分になったのは、警察においても不当と判断するには条件を満たしていないとした結果であろう。むしろ、逮捕・書類送検したこと自体に問題があるとはいえるものの、当該報道機関が謝罪をしたことなどから、報道界全体としては強い反対の意思を示すことなく「悪しき前例」として残ってしまったのが現状ともいえる。

一方で、トラブルが発生する蓋然性が高いなか、わざわざ渦中に飛び込むような取材をどうしてもする必要性があったのか、しかも取材経験がほぼゼロの新人記者に行かせることの妥当性はあったのか、身分を隠してまで行う必要があったのか、必要以上に長時間にわたって現場(民家)に滞留する必要があったのかなど、社会的に説明がしづらい事態を報道機関側がかかえていたことが窺われる。

これらは、現場記者の責任というよりはデスククラスの取材を指示する側の判断の問題であって、この点での切り分けは必要で、現場の記者が責任を負わなくて済むような社内的な合意や仕組み作りが必要だ。

しかも北海道事案においては、警察は当該本人からスマートフォンなどの取材関連資料を押収したほか、任意提出ではあるものの報道機関内での通話記録などを広範に入手し、捜査を行っている。同様な状況は熱海事案でもあり、報道機関は社内でのLINE等でのやり取り記録を提出したとされる。

それらから想像すると、ジャーナリズム活動に対して萎縮効果を与え、かつ通常で知り得ないような大手メディアの取材実態をつぶさに理解できるような取材記録を入手したことで、「本来の目的」は達したのかもしれないと思われるほどだ。場合によっては警察内での取材源を把握できたかもしれないし、そうした意味でも結果として、報道機関は大きな「汚点」を残した事例であるわけだ。

たとえば取材源の秘匿のために法廷での証言を拒否する行為は、もちろんジャーナリストとして取材源との信頼関係を守るために絶対的に最高位のジャーナリスト倫理であると同時に、記者が収監された場合の補償を含めた社としての全面的なバックアップがあってはじめて個人も頑張れる。ジャーナリストとしての「覚悟」は個人レベルとともに、企業あるいは業界レベル(本当は職能レベルであることが望ましい)でも求められるということだ。

直近では、暴力団を継続取材していた記者が葬儀に参列したこと(香典を払い香典返しを受け取ったこと)が、暴排条例等に抵触する可能性があるとして批判され、社として謝罪をする事案があった(注7)。上記の条件の(1)から(6)をすべて満たすのであれば、むしろきちんと社会に対し説明をすべきであって、ジャーナリズム活動が時に法令を形式的に違反しても、それが法制度上許容されていることを示すよい機会であったともいえる。

(注7) 琉球新報記者・暴力団葬儀取材事案、2026年4月25日