悲痛な記憶... 「日の丸」の過去とどう向き合うのか

ところが、1987年の本土復帰後、沖縄で初めて開かれた国体。会場に掲げられた日の丸が引き下ろされ、燃やされる事件が発生します。
地上戦の舞台となり、多くの住民が日本軍により「集団自決」を強いられたとされる沖縄では、悲痛な記憶と「日の丸」は分かちがたく結びついていたのです。

こうした中、政府は入学式など教育現場での「日の丸」の掲揚を事実上義務化します。
これに対し、歴史的な背景から「強制はするべきでない」など反発の声が上がり、各地の教育現場で混乱が起きましたが、1999年、国旗国歌法が成立。
長く「慣習上の国旗」として扱われてきた「日の丸」が、正式に国旗として法制化されます。
ただこの時、国旗損壊を処罰する法律をつくるかと問われた当時の小渕総理は...

小渕恵三総理(当時)
「国家の威信の保護の在り方として、刑罰をもって強制することが適当か、という根本的な問題がある」
オリンピックなどでは国を応援するシンボル、そして時に、軍国主義の象徴と見なされた「日の丸」。人々が抱く思いも複雑です。














