批准か準用か 捕虜の処遇をめぐる認識の違い
捕虜に対する処遇についてはジュネーブ条約があったが、日本では微妙な扱いで、周知徹底されていなかった。
恵泉女学園大学 内海愛子名誉教授
「戦争であっても一応、法律にのっとって捕虜を処遇しなければなりません。捕虜の場合には捕虜の処遇に関するジュネーブ条約がありますから、ジュネーブ条約にのっとって彼らを処遇するというのは日本の対外的な公約なんです。実は1929年に日本は署名しているんですが、あまりに捕虜の処遇が良いので、批准していないんです。陸軍海軍枢密院が批准に反対したんですね。それで戦争が始まるとアメリカやイギリスは『日本はジュネーブ条約を守れ、そうしたら日本の捕虜に対してもジュネーブ条約を守る』と、こういう形の問い合わせをしてくるんです。それで日本は困って、ずるずる引き延ばすんですけど、1943年の1月会議をやって、『準用』を約束するんです」
批准が正式な同意であるのに対し、準用はあいまいだ。必ず守らなければならないという認識ではなく、軍としては捕虜の扱いを周知徹底しなかったことが、戦後の戦犯裁判につながっている。
恵泉女学園大学 内海愛子名誉教授
「準用って今でもよく言いますが、解釈が連合国と日本とでそれぞれ違います。『私たち、ジュネーブ条約関係ありません』って言ってしまえば、その後また違ってきますが、そのころ海外では、アメリカが典型ですけれど敵国人となった日本人が大勢いたわけですね。そうした人たちの処遇を心配して、外務省はあいまいな『準用』の回答になった。向こうは『ジュネーブ条約を日本は守る』と言っていると、でも日本は『そんなことは知らない、その精神を守るんだ』といった形で解釈が違います。そうした矛盾を含んだ現場が、捕虜収容所なんです」
















