空襲していた米兵が目の前にいたら
横浜裁判の被告には、兵士ではなく、民間人もいた。
恵泉女学園大学 内海愛子名誉教授
「爆撃した当事者が目の前にいたときに、当時の日本人がどう対応すると思いますか?捕虜収容所で捕虜をあつめて労働させている、食料を与えている、それに対して住民が、自分たちも食えないのに捕虜を優遇するなって押しかけてくる。捕虜収容所は住民と捕虜との間に立って、苦慮していました」
民間人が捕虜に対して危害を加えることもあった。
恵泉女学園大学 内海愛子名誉教授
「敗戦が目の前に迫っていて、精神的に日本中で『鬼畜米英、いざ来いミニッツ、マッカーサー、出てくりゃ地獄へ逆落とし』なんて小学生が歌っていた頃です。何にもない平時ではなく、戦争末期に日本人が追い詰められている時の捕虜ですから、民間人がみんなで竹槍で捕虜を突くなんてことをやるんです。それを止めるのに、ものすごい苦労をしたという若い将校もいます。国際法を知っている若い将校は彼らを守ろうとする。ところが、例えば落下傘で降下した人たちを守ろうとしたら、住民が襲ってきたこともある。本来は憲兵隊に引き渡せばいい、そうしたら憲兵隊が調べて決定を出せばいいんですけど、引き取りに来る余裕もない間に、激高した住民と兵士たちが捕虜を刺殺するということもありました」
















