子どもの未来と平和のために、万博で働くうちに何かできることは

万博会場で働く、ひとりのイスラエル人がいた。建設マネージャーのビリク・オフェルさん。複数の国のパビリオンの建設、管理に関わっている。

イスラエルへ留学をしていた文緒さんと出会い、2012年に結婚。2016年に日本へやってきた。3人の子どもに恵まれた。

ハマスの襲撃のあと、祖国への思いから、人質解放を訴えるデモに参加した。

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「人質の写真を掲げ、イスラエルの国旗を持って街頭に出ました。『我々は正しい』『我々は被害者だ』と」

しかし、ガザでの戦闘が激化するにつれ、2人にすれ違いが生まれた。

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「ガザでの戦争が激しくなるにつれて、妻と言い争うようになりました。『どちらが被害者なのか?』『この戦争は誰のせいなのか?』と」

国連・独立調査委員会が「虐殺」と断じた攻撃を見るうち、徐々に考え方が変わっていった。文緒さんとも話し合いを重ねた。

妻 文緒さん
「子どもたちの持っているアイデンティティの一つとして、イスラエルという国があるので、子どもたちが将来パレスチナ人の方に出会った時に、どういう風に接することができるのかが、すごく気になるところ。親として、国籍がどこであろうと『ひとりの人間』として接する姿を見せることがすごく重要だと思って」

オフェルさんは、文緒さんが取り組むパレスチナとの対話や、平和を求める活動に加わるようになった。

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「当然、反イスラエルの声が上がるイベントです。とてもつらかったですが、黙って耳を傾けました。パレスチナ人の訴えも同じでした。『私たちは被害者だ』と。誰もが自分は『どちら側か』を選びたがります。『パレスチナ側だ』『イスラエル側だ』と。しかしそれを選ぶことは、紛争を助長させます。私は対話と共存の道を呼びかけたい」

子どもの未来と平和のために、いま日本にいる自分ができることはないか。
万博で働くうちに何か―。

オフェルさんは、繰り返しパレスチナ館を訪れ、ラファットさんと何気ない会話を交わし始めた。

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ館マネージャー)
「引退して3年ですが、6か月の契約で働いています。経験があったので」

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「何の経験ですか?」

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ館マネージャー)
「万博です」

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「そうなんですね」