滋賀県出身の山田は、琵琶湖の東岸、彦根城で有名な彦根市の隣町、甲良町が故郷だ。
「めちゃめちゃ田舎です。ホンマになにもないです」と笑った表情には、まだ
あどけなさも残るが、冬には一面の雪景色に覆われるようで、「愛媛に来て温かくて、気温も野球するのによくて、すごく動けています」と目を輝かせていた。
山田は兄2人、姉1人の「4人きょうだい」の末っ子だ。
兄が2人とも野球をしていた影響で、小学2年生で野球を始め、中学まで地元チームで軟式に没頭していたが「中学に入った時から、高校は県外で親元離れて自分でしっかりやると決めていた」という。
そして山田の進路を決定づけたのは、中学3年生の最後の大会。
ナゴヤドームで開かれた「中部日本地区選抜中学軟式野球大会」。
山田は、滋賀県代表「滋賀ユナイテッドJ Boy’s」のエースとして、1回戦でいきなりノーヒットノーランを達成した。
さらに2回戦を8対0、準決勝も9対0で完封。
周囲がにわかにざわめき始めていた。
決勝は愛知県代表チームに1対3で敗れ準優勝に終わったが、この活躍が愛工大名電のスタッフの目に留まり、その後の活躍に繋がっている。
しかし順風満帆だった野球人生に試練が訪れたのは高校3年時のドラフト会議。
山田はチームメイトと共にNPBからの指名を固唾を飲んで待ったが、本指名、育成枠ともに吉報は届かなかった。
愛工大名電の倉野光生監督からは「すぐに切り替えるのは無理だと思う。それでもしっかり切り替えて、次の道で結果を残してプロにいくように」と言葉を選び励まされたという。














