“服役中に病死”父の無実訴え38年 再審で「調書の写真」順番入れ替え判明
別の事件でえん罪を訴える遺族からも、今の再審のあり方は理不尽だと声が上がる。
滋賀県に住む阪原弘次さん(65)は、38年間、父・弘さんの無実を訴え続けてきた。
2026年2月、ようやく再審の重い扉が開いた。

阪原弘次さん
「無罪判決を勝ち取って喜ぼうな。長いこと待たせたけど、もうすぐ終わるからな」
事件が起きたのは1984年。滋賀県日野町で酒店経営の女性が殺害され、店にあった手提げ金庫が奪われたとされる。

事件から3年以上が経ち、強盗殺人容疑で逮捕されたのが、店の常連客・弘さんだった。
決め手とされたのは自白。弘さんは裁判で「虚偽の自白をさせられた」と一貫して無罪を主張したが、2000年に無期懲役の判決が確定した。
阪原弘次さん
「『父ちゃんやってへん』『お前らだけは信用してくれ』。父は本当に笑顔の似合う人で、泣き顔なんか見たことない。その父が逮捕される前の日、家族に訴えたあの顔、あの涙だけは今でも忘れられません」
阪原弘さん(2000年・支援者撮影)
「私は悔しくてなりません」

刑が確定した翌年の2001年、弘さんは再審を求めたが、服役中に病死した。
弘さんの思いを継いで、弘次さんらが起こした2度目の再審請求。ここで重要な事実が明らかになった。
それまでの捜査で、有罪の決め手の一つとされていたのが、金庫が捨てられていた場所まで弘さんが捜査員を案内できたということだった。
調書には、弘さんが案内する様子を示した複数の写真が貼られていた。
ところが、2度目の再審請求で新たに開示された証拠の中に、この写真のネガフィルムがあり、撮影された順番が明らかになった。実は、調書に貼られた写真の順番が入れ替えられていた。

現場の帰り道に撮影された写真だったが、まるで弘さん自らが捜査員を案内していたようになっていたのだ。
このネガフィルムをきっかけに、自白の信用性を疑わせる証拠が他にも見つかり、2018年、大津地裁が再審開始を決定した。
阪原弘次さん(2018年)
「『本件について再審を開始する』と、良かったな、よう見いや」
「父にこういう報告ができる日が来て、本当に嬉しいです」
ところが検察側は地裁の決定にも、高裁の決定にも抗告した。そのたびに非公開で審理が行われ、確定まで7年7か月かかった。

阪原弘次さん
「えん罪被害者にとってみれば、理不尽でひどい話ではないかと思う」
「こんなに長くかかるとは思っていませんでした。(最初の裁判から)証拠が全て開示されていたならば、父は有罪判決を受けなかったと思う。もちろん死ぬことはなかったと思います」














