「ばけばけ」と「虎に翼」スピンオフ作品
田幸 ぜひセットで見たいと思ったのが、「ばけばけ」(NHK)と単発の「虎に翼」スピンオフ「山田轟法律事務所」(NHK)です。どちらも評価の高い作品ですが、スタンスは真逆にあったと思います。
「虎に翼」は、ちゃんと正論を言う。女性だけでなく闘う人たちを描く中で、社会の理不尽に声を上げる。さらに、声を上げられない、闘えない人も肯定していく。
そうした差別と闘う人を描いた「虎に翼」に対して「ばけばけ」は、闘えない、声を上げられない人たちの、どうにもならない日常の「うらめしさ」を抱きつつ、うらめしい日常の中でたわいのないやりとりや、日常のすばらしさを描くという点で立ち位置は反対にあると思っていたんですね。
「ばけばけ」はそんな中、うらめしいものを描いても、それを今の価値観で断ずることはしないと、制作の方がおっしゃっていたんですが、蓋をあけてみるとかなり現代に通じる社会問題が描かれていました。
一つは、今すごく高まっているようにも感じられる外国人差別、排斥問題。そして、お友達のサワちゃんが教員で、同じ仕事をしているのに非正規雇用だと賃金がとても低いという、正規・非正規の問題。さらにやっぱり男女格差があったりする。そうした、現代に通じるいろいろな問題を描いている。
主人公の二人、いっときは日本人より日本人らしい偉人としてもてはやされたヘブン先生と、その先生と一緒になって幸せになったおトキさん、憧れの存在として見られていたのに、ラシャメン、外国人の妾だと言われた途端に、世間の目がてのひら返しで冷たくなる。今のSNSに重なる描き方ですね。実は誹謗中傷をした人たちは大した悪意がなくて、ワーッと感情をぶつけるけれど、別の問題が持ち上がったら、すぐにそっちに関心が移って去っていく。その描き方が本当に今に近いものがあります。
影山 まさにその通りですね。
田幸 さらに、差別して傷つけてきた人たちが去った後の描き方にも感じるところがありました。一件落着になるかと思いきや、そうならない。
世間の関心が自分たちから離れた後も、人が話をしていると自分のうわさ話ではないかと思ってしまったり、ショールで顔を覆わないと町を歩けなくなる。世間の関心は移ろいやすいけれど、傷つけられた方の心の傷は簡単に解決するものではないということです。実はラシャメン騒動のさなかより、過ぎ去ってからのPTSDを思わせる心理的なトラウマの描き方が丁寧で、この作品がすごいなと思ったのはそのあたりです。
個人的には、最大のうらめしさは、ヘブン先生のモチーフである小泉八雲はよく知られた文学者ですが、共同制作者に近かった妻のセツさんの名前は残っていない。自伝的なものが一冊ありますが、世間的には知られていない。
これは八雲の話だけでなく、文学、芸術、あらゆるジャンルで、日本だけでなく海外でも、創作にかかわってきた、創作の源になった女性の名前がみんな消されて残っていかない。これこそが最大のうらめしさではないかと思っていました。このあたりを制作の方に聞いたんですが、その答えが最終週を見ると見えてくる。
最終週でヘブン先生が亡くなってから、トキさんは「何であんな幼稚な怪談なんてものを書かせたんだ」となじられ、自分たち夫婦の日々と、自身の存在を否定されたような思いになります。でもそこから今までの夫婦のことを思い出していくと、ずっとずっと楽しかった何げない日々があった。たわいなくてすばらしい日々だったと思い出させてもらって、そこから語り始める。
それが第一話の冒頭につながって、ああそうだ、女性の名前が消されたのではなく、これこそがトキさんであり、セツさんの物語なんだと。消されたのではなく、何か歴史に残る偉業を成したわけでもない。でも、このたわいない日々の物語を描くのが、まさにそこにつながるんだというその構図がすばらしいと思いました。
何も起こらない日々の代表例としてこの座談会でもとりあげた、ただひたすら登場人物がスキップをする回とか、ハトのまねをしていた回とか、そういうどうでもよく見えたことに意味があったということが、最終週につながる。よくできた脚本でした。
影山 脚本のふじきみつ彦さんが放送前から、何でもない日常を描くことを宣言していましたが、本当に何でもないものを何でもないまま描いたわけではない。スキップだけで一本やったのは見事だなと思いましたが、それもスキップという道具を使って夫婦愛、家族愛を描こうとしたわけですね。
田幸 「山田轟法律事務所」が「正しく怒る」ことを描いたのはいいなと思いました。日本人は怒ることをよしとしない人が多い。怒るにしても、感情的にならないようにとか「もっと言い方を」となどと求められる中で、このスピンオフ作品では、本編の中で一番笑わない、いつも怒った顔のよねさんを主人公に据えている。そのよねさんによって正しく怒ることを描いた。
本来言っている内容こそが大事なのに、言い方や態度を批判されるトーンポリシング、日本ではこれがすごく多い。正しい主張なのに、態度や口調ばかり批判される。日本人が一番理解しづらいこのトーンポリシングをスピンオフに持ってきて、正々堂々正しく怒ろうと主張する。脚本の吉田恵里香さんはすごいことをやったなと思いました。
影山 社会における怒りの大切さ、怒るべきときには怒るというメッセージがしっかりと視聴者に伝わったと思います。














