82年前、米軍の攻撃を受け、鹿児島県悪石島近海で沈没した学童疎開船「対馬丸」。2025年水中調査が実施され、現在の姿が明らかになりました。その際、海底から持ち出した対馬丸の一部とみられる木片などが、先月遺族のもとに届きました。82年の時を越えて願いが叶った遺族の思いとは…

髙良政勝さん(85歳)は、沈没した疎開船「対馬丸」の生存者です。

1944年、対馬丸は米軍の魚雷攻撃を受けて沈没。沖縄から九州へ疎開する児童ら1484人が犠牲となり、髙良さんも兄弟9人と両親のあわせて11人を失いました。

そして2025年、国は28年ぶりとなる対馬丸の水中調査を実施。調査で引き揚げられた対馬丸の一部とみられる木材などが、82年の時を越え髙良さんのもとに届けられました。戦後、遺族らは対馬丸が沈んでいる場所もわからず、長年つらい思いを抱えていました。しかし戦後50年の節目に、国が本格的な調査に乗り出します。