取材を終えて

罪と向き合うことは生半可なことではない。加害者が奪った命に対して、償うことなど不可能だからである。
私はこれまで5人の死刑囚と対話を重ねてきた。中には罪と向き合うことを放棄し、最後まで反省の念を示さずに執行された人もいる。罪と向き合わないで死を迎える方が、本人にとっては楽だからであろう。
しかし、遺族の抱えた苦悩を目の当たりにすると、加害者が罪から目を背けることがどれほど無責任で残酷なことかを私は痛感している。
私と遺族のAさんとの付き合いは12年に及んでいる。殺害された3人の7回忌法要に参列させてもらった際、別れ際にAさんに言われた言葉が今も頭から離れない。「僕も新しい家族がほしいです」
新しい家族を築くことを望んだAさんだが、その後、さらに孤立を深め、13回忌を行うことさえできなかった。
先月、3人が眠る寺で17回忌を執り行うことができたが、参列したのはAさんの生活を心配する3人と私を合わせた5人だけだった。そこには親族や友人の姿はない。
「今回は17回忌ができてよかったです」。法要を終えて、珍しく顔をほころばせたAさんを見て、私は彼が背負ってきた16年の苦悩を身に沁みて感じた。
Aさんはどんなにもがいても、自分の運命から逃れることができない。一生、悲しみを抱えたまま生きるしかないのだ。それが遺族の現実である。
奥本死刑囚には最後まで逃げずに罪と向き合い、反省を深め続けてほしい。3人の被害者から奪った未来を生きている者の宿命として。そして、遺族として塗炭の苦しみを背負いながらも、再起しようと生きているAさんのためにも。
※この記事は、TBSテレビとYahoo!ニュースの共同連携企画をLINE NEWSに配信しています。

















