明かされたそれぞれの15年
渡部くるみさん(現在仙台市で大学生)「ばあちゃんへ 25年間育ててくれてありがとう。小さい頃から母親の代わりに育ててくれましたね。高校中退し、相馬高校に行った時も支えてくれてありがとう。空白の4年間、何も言わず支えてくれてありがとう。大学に行きたいと言った時にいいよって言ってくれてありがとう」
末窪真人さん(現在いわき市で会社員)「自分のターニングポイントは、避難先の山形県新庄市というところで、人に優しく多く助けられました」
釘野裕大さん(現在福島市で公務員)「見えないものから逃げるしかなく、ましてや幼いため、親の後ろを付いていくことしかできなかった。痛みを感じる間もなく引き裂かれたような感覚でした」
大井陽翔さん(現在千葉県で会社員)「あの日、すべて変わってしまった。この地に戻ることはどれだけ不安と勇気が必要だったか、想像するだけで胸が締め付けられます。どうかこの地を守り抜いてくださった方々が、これからも安心して不自由なく、大好きなこの鳩原で笑って暮らせるような仕組みを、もっともっと一緒に考えていただけないでしょうか」
半杭美奈さん(現在栃木県で大学職員)「震災がなかったらきっと卒業式を8人で終えて、それでも通う中学校が全員同じで、そこまでお別れも気持ちもなくずっと一緒にいられるのが当たり前だったと思います」
古内朋香さん(現在南相馬市で保育士)「それぞれの環境で大変なこと、辛かったこと、いろいろあったと思いますが、元気で、そして生きててくれてありがとう」
古内大嵩さん(現在新潟県で保育士)「いつもそばで支えてくれたのは母でした。『あなたは自分の道を信じて前に進みなさい。あなたが前を向こうと思っただけでも一歩成長なんだから』と、すぐに愛情あふれる言葉をかけてくれて、その言葉には何度も救われました」
最後は、卒業式を提案した日下さんです。
日下龍二郎さん(現在長崎県で劇団俳優)「ただあの頃のように、みんなと一緒に何かを成し遂げたかった。ただみんなと楽しく笑ったり泣いたりしたかった。ただ、あの日のような青春をもう1回過ごして見たかった。まあその結局、みんなに会いたかったんです」














