プロ野球からの「反社会勢力」排除 元特捜部長が見た“歪んだ構造”

2004年、プロ野球界における「反社会勢力」の排除は、もはや先送りできない局面に入っていた。そのさなか、最高検察庁公安部長だった熊﨑勝彦は、当時プロ野球コミッショナーを務めていた根来泰周からこう言われた。

「クマちゃん、“コミッショナー特別顧問”として暴力団排除を手伝ってくれへんか」

熊﨑は後に、野球への情熱を筆者にこう語っている。

「おれは岐阜出身、おまえは三重出身。お互い根っからのドラキチ(中日ファン)だわな。草野球じゃ下位打線のへたくそだったが、野球は好きだった。検察や警察といえば世間は距離を置きたいと思うが、スポーツは違う。人を明るくする世界、というイメージがあったんだ」

当時、熊﨑は長年勤めた検察庁の定年退官を翌年に控えていた。

「最高検の公安担当は組織犯罪やテロ対策が中心だが、当然、暴力団や反社会勢力も視野に入れている。そんな折に、検事時代の先輩である根来さんから“球界で暴排をやってくれないか”と誘われた。自分を必要としてくれるなら力になりたい――それが背中を押した」

東京地検特捜部時代、熊﨑は永田町に睨みをきかせていた。

「ドブさらい」――自らの仕事をそう称していた。
「リクルート事件」では公明党の池田克也、「共和汚職事件」では宮澤派事務総長の阿部文男、「ゼネコン汚職事件」では元建設大臣の中村喜四郎を起訴(後に有罪確定)。
そして1993年には、政界のドンと呼ばれた元副総理・金丸信の巨額脱税事件を摘発した。直後の総選挙で自民党は大敗、結党以来初めて野党に転落する。

熊﨑が一貫して担ってきたのは、「政治とカネ」の浄化である。そして、その標的は「反社会勢力の排除」へと移っていく。

構図は、これまでと何一つ変わらない。特権を振りかざす者たちの背後で、善良な有権者や納税者、さらには観客やファンといった一般市民が不利益を被る。
その歪んだ構造を白日の下にさらし、断ち切ること――それこそが、熊﨑に課された使命だった。

かつて熊﨑が横浜地検にいた頃、その部下だったのが猪狩俊郎である。
猪狩は1990年に検察庁を退官し、いわゆる「ヤメ検」弁護士として活動を開始。以後、「ゼネコン汚職事件」や「新井将敬事件」などで、熊﨑が率いる地検特捜部と、捜査と法廷の場で真っ向から対峙した。

しかし時を経て、二人は再び同じ方向を向くことになる。掲げた旗は、「反社会勢力の排除」という共通の理念。それは偶然ではなく、必然とも言うべき再会だった。

筆者が担当していたTBSテレビ「news23」に出演する猪狩弁護士