人種差別、夫の失踪…待ち受けていた過酷な現実

しかし、海を渡り自由の国・アメリカに着いた恵子さんを待っていたのは、想像を絶する過酷な日々でした。

1960年代当時のアラスカでは人種差別は法律で禁止されていましたが、実際には黒人と日本人の夫婦が家を借りることは非常に困難で、モーテルで暮らす日々でした。

「黒人にアパートを貸すとそこのアパートの値打ちが下がる」などと契約をしてくれないのです。アルバートさんは自分が黒人ということだけで社会から疎外される「どうしようもない現実」に気持ちが爆発し、声をあげて泣くこともあったそうです。

その後、知人のつてで何とか物置を改造した家に住むことができたアルバートさんと恵子さん。アパートを借りることもできて3人の子どもを生み育てました。