絶望の底で吐露した本音
同年3月に腰を負傷。大学4年間は、常に痛みとの戦いだった。練習すらままならない日々が続き、挑んだパリ五輪代表選考会。代表への道が絶望的となった時、宇田は初めて父に、心に秘めていた痛切な本音をぶつけた。
「パリに行けないと決まった時、プチンと何かが切れちゃって。『戦うのがきつい、練習もできない、どこを目指せばいいか分からない』と。初めて『卓球をやりたくない』と言いました。『自分一人のためには、もう頑張れない。モチベーションが作れない』と」
出口の見えないトンネル。モチベーションの糸が切れた息子に対し、父・直充さんは意外な言葉を投げかけた。

















