確認できた「伏見城の名残」
今回、確認できた「伏見城の名残」は、松ノ丸曲輪の北東隅に櫓台とみられる地形が挙げられます。地形は袴のような台形をしており、この石垣と、市が事前に計測していた福山城伏見櫓の石垣部分の裾の長さを比べると、酷似していたというのです。
また石材などを抜き取った痕跡ともみられるえぐられた部分もあったことから、榊課長は「伏見櫓の石垣も伏見城から移築された可能性も十分にある」と指摘しました。
今回、確認できた「伏見城の名残」は、松ノ丸曲輪の北東隅に櫓台とみられる地形が挙げられます。地形は袴のような台形をしており、この石垣と、市が事前に計測していた福山城伏見櫓の石垣部分の裾の長さを比べると、酷似していたというのです。
また石材などを抜き取った痕跡ともみられるえぐられた部分もあったことから、榊課長は「伏見櫓の石垣も伏見城から移築された可能性も十分にある」と指摘しました。





