3段階に分けられる伏見城
実は、伏見城は大きく3段階に分けられます。
▽豊臣秀吉が「指月の丘」に築いた伏見城
▽1596年発生の大地震で倒壊したのを機に、秀吉が場所を移して伏見山に再建した伏見城
▽1600年の関ヶ原の戦いの前哨戦で焼失後、徳川家康によって再建された伏見城
福山城に移築された櫓は伏見城の松ノ丸曲輪に存在していたとされています。報告会で伏見城について講演した京都学・歴彩館の若林正博・京都学推進課長は、曲輪はその前哨戦を目撃した寺の僧侶の日記を基に、焼け落ちて家康によって再建されたと指摘しました。
福山市は、松ノ丸曲輪がたどってきた経過については先行研究も踏まえ「今後調査していきたい」とします。














