命と暮らしの証を後世へ
地区にある八幡神社。震災時に、社殿のほとんどが津波で流されましたが、2021年、高倉さんが中心となって再建しました。高倉さんは、神社の氏子総代も務めています。

高倉さん「いや本当に大変だったんだよ。だって石大体2トンちょっとあるんですよ」
高倉さんは、長年庭師として働いた経験を活かし、津波で流された石を境内に集めて、並べました。その中央にあるのは「復活」の文字が刻まれた記念碑。しかし、当初建てようとしていたのは、亡くなった人を悼む「慰霊碑」でした。

高倉さん「本当は慰霊碑として建てようと思ったら、町長から『町として考えているから。亡くなった人の名前は町の方で入れるから」(と言われた)」
それから5年が経った今年、約束通り、神社からほど近くに慰霊碑が作られました。ここには、かつて地区の集会所がありました。慰霊碑には、町で亡くなった全員の名前が、刻まれています。3月11日に、除幕される予定です。

高倉さん「15年経ってこうやって形になった分、ちょっと良かったのかな。名前を見ながらその人に対して手を合わせて、こうとかああとかないけど見守ってもらえればなって」
石に刻まれた名前は、失われた命の証であり、かつてこの地区が、たしかに人々の暮らしの場だったという証でもあります。高倉さんは、そんな証をこれからも未来へつないでいきたいといいます。

高倉さん「年数でいけば確かに15年、でも節目はないと思う。やはり本当に自分が死ぬまで見届けることが自分なりの節目かなと思っています」














