左手を隠したかった思春期 「障害を認めたくない気持ちがあった」

左手の障害をものともしない活発な子ども時代。しかし、思春期を迎えると障害を負った「左手」を隠したいと思うようになりました。
白砂匠庸さん
「中高生時代っていうのは、本当にリアルな義手をはめて、左手を隠すというか、見せたくないなっていう思いもあったので、(障害を)あまり認めたくないなっていう気持ちもありました」
そんななか、高校3年生のときに部活の顧問から「パラ陸上」大会への出場の誘いを受けます。

当時の元顧問・出口彰 さん(2021年)
「まじめでね、一生懸命クラブ活動もやってたんですよ。何か光るものを見つけてやりたいなと思って」
戸惑いを抱えながらも会場に足を運びました。すると…。
白砂匠庸さん
「自分よりハンディキャップが大きい両足義足の選手もいるっていうなかで、イキイキと選手たちがやってる。こんな世界あるんだ、面白そうだなっていうのが第一印象。」
障害への葛藤をパラスポーツとの出会いで払拭した白砂さん。その前向きな姿は、両親のことも救っています。














