「人命第一」

今にして思えば「人命第一」これを最も重要とすべきなのに、当時は重要装備品、重要物品にこだわり、このような無茶なことを命じたのは、極めて深刻に反省すべき点だとだと考えています。
その意味で、緊急時幹部は何を重点に決断、判断、実行しに移すべきなのかをぜひ考えていただきたくお話をしました。
発災当初私を含め、全署員が無我夢中でした。全員不眠不休で災害警備に従事し、生存者の救助、行方不明者の捜索、ご遺体の収容等にあたっていました。
1階が壊滅的な被害を受けた旧庁舎を目の当たりにして、言葉では言い表せないダメージを受け、まさに心が折れそうな状況にありました。
しかし、気仙沼警察署員80数名を率いる最高責任者として部下に不安を抱かせるわけにはいかず、絶対に負けられないという張り詰めた気持ち一本で踏ん張り続け
ておりました。
その一方で自らの大切な部下からも殉職者や行方不明者を出してしまったことについて、とても胸が張り裂けそうになっていました。
今思えば、このとき何とか気持ちを支え続けることができたのは、もう1人の自分が現実の自分を見つめているような不思議な感覚が起きて、冷静さを保ち続けることができたように思っています。

旧庁舎が津波到達地域にあることが判明していたため、当初から大津波警報が発令された場合、気仙沼市の西部高台に建てられていた独身寮に設置された警察電話を通信の主要手段として使用する計画でした。
しかし、警察電話はうんともすんとも言いません。
「一体どうなってんのや」とイライラしながら受話器を投げ出しました。
備蓄していたはずの燃料もほとんどなく、短時間のうちに使い切ってしまいそうでした。
車上待機が精一杯で、看護に人手がかかる上、水・食糧等の確保もおぼつかず、緊急に内陸部の被災しなかった警察署への移送が必要でした。