王子製紙米子工場は戦後間もない1952年、日本パルプ工業として設立。
製造したパルプを出荷するため、最寄りの伯耆大山駅までのおよそ1キロの区間に工場専用の線路を設けました。

こうした線路は「引き込み線」とも呼ばれ、かつては日本各地に存在しましたが、トラック輸送に切り替えられるなどし、現在、山陰地方にはここ1か所しか残っていません。
ところで、なぜ王子製紙の専用線は残ったのでしょうか?
王子製紙米子工場は戦後間もない1952年、日本パルプ工業として設立。
製造したパルプを出荷するため、最寄りの伯耆大山駅までのおよそ1キロの区間に工場専用の線路を設けました。

こうした線路は「引き込み線」とも呼ばれ、かつては日本各地に存在しましたが、トラック輸送に切り替えられるなどし、現在、山陰地方にはここ1か所しか残っていません。
ところで、なぜ王子製紙の専用線は残ったのでしょうか?





