この日、一隻の船が、役目を終えました。海上での警備や救難をする巡視船「くろかみ」。徳山海上保安部(山口県周南市)所属のくろかみは、任務を解かれる「解役式」に臨み、その歴史に幕を下ろしました。幾多の波を乗り越え、密漁などの犯罪を検挙、潜水士を乗せ海難救助に向かった日々。航行距離は地球およそ12周分。およそ30年の長きにわたり、日本の海を守った巡視船くろかみ。最後の日です。

訓練や海難救助をともにした“相棒”

徳山海上保安部巡視船くろかみ潜水士班長・安達健太さん(周南市出身) 
「寂しいですね、まだまだいけるとは思うんですけど、どこかのタイミングでっていうのが、今だったていう」

潜水士・木谷隆二さん
「くろかみから潜水研修に行かせてもらって潜水士になって、くろかみに戻ってきました。海上保安官人生で乗ってきた船としても、かなり思い入れがある船ですね。一緒に海難現場に行った相棒みたいなものなので」

山口県内唯一の潜水指定船

巡視船くろかみは県内で唯一、海中での作業を一手に担う潜水士が乗り込む潜水指定船です。総トン数249トン、中型の船です。くろかみは1995年(平成7年)に建造され、唐津海上保安部(佐賀県)で「まつうら」として任務に就きました。その5年後、徳山海上保安部に配属替えとなり、周南市の沖合に浮かぶ、黒髪島の名をもらい改名しました。

被災地でも活動、市民とのふれあいも


27年間で密漁など犯罪の検挙は250件、海での事故など海難出動が350件、救助人数は78人です。2011年の東日本大震災でも潜水士を乗せ現場に向かいました。3月13日13時20分頃、現場海域に到着。被災地には複数回派遣され、潜水捜索活動を行いました。

瀬戸内海や宇和海など数々の海難救助に出動し、第一線で活躍しました。活躍の幅は広く、市民とのふれあいにも一翼を担いました。

潜水士班長・安達さん
「地元に久しぶりに戻ってきて、もっとこの船に乗れると思ってたので、寂しくて。もっと、色んな現場に一緒に行きたかったなっていう思いです」
潜水士・坂井涼一さん
「家より船で生活している時間の方が長く、どっちかというともう、家みたいなものなので。それがなくなるっていうのは、すごく寂しいですね」

くろかみ最後の潜水訓練

巡視船くろかみは老朽化に伴い引退することになり、11月20日、最後の潜水訓練の日を迎えました。

乗組員
「おはようございます。本日の潜水訓練の訓練説明を実施します。1530基地到着、資機材撤収、ボンベ充填、1630終了としています。本日はくろかみでできる潜水訓練最後になりますので、最後までけが無くよろしくお願いします」
乗組員一同
「お願いします」

訓練をサポートする支援班も準備に入り、訓練が始まりました。「よーい行け」の掛け声で、潜水士が海に飛び込みました。

初めて乗った巡視船、潜水士を夢見て訓練に励む


小野颯太さん
「小野、結索1本目実施します」

船での食事作りや予算を管理する仕事に就きながら、幼いころ夢みた潜水士へと訓練を重ねている小野颯太さん。海上保安官になって最初の配属先がくろかみでした。くろかみの引退とともに異動となり、背中を追った先輩潜水士との訓練もこの日が最後です。潜水士の冨田隆さんが、小野さんのロープの結索をチェックします。

潜水士・冨田隆さん
「まだ緩いな、最後まで締めないと」
冨田さん
「船の下のプロペラのシャフトとかにつけるとかなって、結索が緩いと、徐々にさらに緩んでしまって、最終的には外れてミッションが失敗という風にもなりかねないので」

次は障害ドルフィン。資機材が外れたり故障したりなどを想定した訓練で、ベテランの潜水士でも緊張する過酷な訓練の一つです。
乗組員
「覚悟決まった?」
小野さん
「はい」

「小野頑張れ」と、仲間から声が掛かります。

潜水士・木谷さん
「資機材が外れたり、急な故障も考えられるので、もしそれが起きた時でも戻ってこれるように訓練しています」

どんな状況に陥っても生きて帰らなければなりません。訓練では一つずつ装備を外していきながら往復80mを6周半。高さ5メートルの船首から下がっているロープに登る船首登板で船上に上がるなど、体力の限界に挑みました。