「久々に予選がドキドキしましたね(笑)」

Q.それで出たオリンピックで見事決勝に進出して。でも決勝の前の公開練習では、結構こけてましたよね。

平野:あんなに調子悪いのは、もう本当に過去イチですね。パイプもすごい自分に合ってなくて。これだけいろんな場所で滑ってきて、そういう不安要素も大きくて、なんかもうどうしようもないなこれみたいな。合わせていくことしかできないけど、そんな中でやったことないこともやらなきゃいけないし、みんなすごい気合入って練習の段階できわまってきてる状態だったので、そっちは見ないで自分の今できることを一つずつ。そういう意味では久々に予選がドキドキしましたね(笑)予選を乗り越えた後はもう気持ちにあんまり負担かけずにこれまでの期間を信じて、あとはもうシンプルにやれることをやるだけだなと思ってたんですけど、そのやれることっていうのが、結構異次元な段階でやんなきゃいけなかったので(笑)シンプルにやるだけとはいえ、チャレンジ精神はすごい必要だったので結構身を削った。それで、悔いなく最後やり切れればとは思ったんで、攻めた結果、納得いく評価と滑りはできなかったですけど、自分のこういう困難な状況の中で、100%のチャレンジはできたかなとは思ってますね。

Q.1620(4回転半)うってくるって思わなかったですし、しかも2本目とか立ってるし。あれはやっぱ周りのプッシュというかそういうのも相当強かったですか?

平野:もうあの3本だけ本気で乗り越えることしか考えてなかったんで。本当はそういう意味で1本目にしっかり決めて、2本目、3本目って段階を上げて、最後は今回ちょっとできなかったことを見せたかったんですけど・・・こういう状況の中ではかなり上出来かなとは思うんですけど(笑)できなかったとはいえやってきたことは無駄にはならないと思って、そこはプラスに捉えてまた進化させていこうかなとは思ってますね。

Q.北京オリンピックで王者になって、今回のオリンピックに向けていく中で、自分の中でこういうような次のチャレンジをしたいっていう考え方で4年間過ごしてきました?

平野:この4年間で自分が王者っていう感覚とか、ディフェンディングチャンピオンみたいなのは、意識してでも取り外して挑みたいとは思ってたので。練習の段階からそういう気持ちにはならないように。過去にメダルを取ってない人かのような気持ちで、普段生活したりとか、4年間を刻んでいくかってことは、すごい意識的に大事にしていて。それが一番オリンピックがピークになってきたときにプレッシャーを感じないで、誰かに勝ちたいとか、そういう子どものときの自分のように見られる状況を作っていたいとは思っていたので、それと葛藤してたことはありましたね。とはいえ身体も思考も子どもではないんで、何とか子どものように仕向ける努力だったりとか、そういうものは結構苦労した点だったりするのかなとは。でも、やっぱり4年刻みなんで身体とか経験が自分を邪魔してくるので、そこが難しいですよね。ごまかしきれない部分ではありますし、そういった意味での負荷はすごいかけてきたかなと思いますね。

Q.この4年間を一言で言うならば、何が出てきますか?

平野:結局やっぱり挑戦。スケボーで出た2021年東京五輪のときもそうだったんですけど、挑戦していくことで、変わり続けていくことが自分に合ってるなと思いました。身体がどうしても時が経って、それなりに言うこと聞かなくなる部分も含めて、重りは出てくる。そういう部分はごまかせなかったりするなとも思いましたし、その分それをどういうふうに生かしていくかとか、どうそれを楽しむかっていうことをすごい感じさせられた4年間でもあったんですけど、本当に最後の最後はまさかでしたね。ギリギリすぎてさすがにちょっと焦るってことを覚えました(笑)不安っていうこともしっかり実感できた時間だったので、また人生にいろんな感情を刻めたなとは思いますけど、でもなんか最終的にはやっぱ挑戦でしたね。あと、もう一つ挙げるなら命。そういうものにも助けられたところは大きかったなと思っていて、いろんな困難を踏まえて、命も加わったみたいな、そんなテーマなのかなとは今考えたときに出てきましたね。

Q.平野歩夢の普遍のテーマがもっとビルドアップしたんですね。

平野:その瞬間はやっぱりまじかと思いましたけど、最終的には本当諦めなくてよかったし、この不可能な状況を可能にしてくれたのも、周りの家族だったり、ギリギリまでトレーナーの方にケアしてもらったっていうところも大きかったんで、本当に自分の力だけじゃないなって改めてぐっと感じる時間だったなとは思いますね。