フィレンツェでの極貧生活と漫画家デビュー
17歳で高校を中退し、私はイタリアのフィレンツェへと渡りました 。マルコさんの紹介で美術学校(アカデミア)に入りましたが、生活は極貧でした 。学生4人でシェアハウスをしていましたが、私が家賃の3分の2を払わされていたことが後から発覚し、イタリア語のありとあらゆる悪口を書き連ねて大喧嘩をしたこともあります 。
27歳で子供を授かりましたが、パートナーの詩人とは経済的に立ち行かず、1人で子供を育てる決意をしました 。油絵は中学の先生が言ったように「食べていけない」と一旦諦め、漫画を描き始めました 。初めて描いた漫画を日本の出版社に送ると、たまたま賞をいただき、それが漫画家としての第一歩となりました 。
その後、事務職や北海道で大学のイタリア語講師 テレビのリポーターなど、何足ものわらじを履いて働きました 。テレビ番組で「50円でできるペペロンチーノ」を豪快に作ったことで、「ガサツなイタリア料理の人」として主婦の方々に受けてしまったこともあります 。














