ハンセン病の患者とされた男性が殺人の罪に問われ、無実を訴えたまま死刑となった「菊池事件」で、熊本地裁は28日、再審=裁判のやり直しを認めない判断を下しました。鹿児島に住む元患者は「徹底的に抗議する」と話しています。
(記者)「今、弁護団が出てきました。不当決定と書かれています。熊本地裁は再審を認めませんでした」
「菊池事件」は、ハンセン病とされた男性が役場職員を殺害したとして、隔離された熊本県のハンセン病療養所「菊池恵楓園」につくられた熊本地裁の出張裁判=特別法廷で、1952年に死刑判決を言い渡されたものです。
確定判決では、役場職員が「男性はハンセン病の患者」と熊本県に報告したため、男性が役場職員を恨んで犯行に及んだと指摘。男性は一貫して無実を訴えていましたが、1962年に刑が執行されました。
元患者らが国を相手取った裁判で、熊本地裁は2020年、「特別法廷は審理が非公開であり憲法違反」と判断しました。これを受けて男性の遺族は「男性は無実なうえ、違憲状態で開かれた裁判」として、再審=裁判のやり直しを求めていました。
熊本地裁は28日、再審=裁判のやり直しを認めない判断を下しました。
隔離された「特別法廷」は憲法違反もしくはその疑いはあるものの、再審は認められないとし、原告側が提出した新証拠は確定判決に合理的な疑いは生じさせないとしています。
ハンセン病は、顔が崩れたり、手足が曲がったりする後遺症が残りやすく、激しい差別の対象になりました。
感染力は弱かったものの、国は明治時代から患者の隔離政策を続け、患者は家族と引き離され、各地の国立療養所に強制的に収容されました。
強制隔離は戦後、特効薬が導入されたあとも1996年に「らい予防法」が廃止されるまで続き、差別と偏見はいまなお残っています。
(菊池事件弁護団共同代表・徳田靖之弁護士)「憲法違反があったことを認めておいて、裁判のやり直しをしない。これで日本の裁判所は裁判所足りうるのか」
鹿児島県伊佐市出身で元患者の竪山勲さんです。13歳のときに鹿屋市の国立療養所星塚敬愛園に強制収容され、2004年、55歳で社会復帰しました。
(ハンセン病元患者・竪山勲さん)「我が国の司法は死んでいる。憲法違反で人を殺していいなんてバカなことがどこにある。徹底的に抗議する。許せない」
弁護団は即時抗告する方針です。














