集団移転 故郷を離れる葛藤

輪島塗の塗師・歌見敬志さん。下地となる漆塗りを50年続けてきた。自宅が全壊したため、仮設住宅に暮らしながら、仕事用に、近くの親戚の家を借りている。
輪島塗 塗師 歌見敬志さん
「じっとしとると、頭おかしくなってくるしね。やっぱり仕事しとらんと」
歌見さんの自宅があった輪島市稲舟町。震災前は、50世帯100人が暮らしていた。しかし、広い範囲で地滑りが発生し、高台の地域では水道復旧の目途すらたっていない。

輪島塗 塗師 歌見さん
「ここに母屋が建っていたんです。自分の作業場はここにあって、2階で仕事していたんです。基礎が全部割れてガタガタで、外側の玄関から縁側も全部外に倒れてしまって、住める状態ではなかった」
「景色のいいとこなんやけどね」
自宅は海を望む高台にあった。すでに公費解体が完了し、今は何もない。自宅近くの道路には深い亀裂が残る。

輪島塗 塗師 歌見さん
「これ地滑りの跡やね。この柵が下がったんです」
フェンスは、手前の亀裂あたりから滑り落ちたと見られている。

震災前の写真では、丘の上に設置されていた様子が写っている。地形が大きく変わってしまった。
輪島塗 塗師 歌見さん
「輪島市の市営グラウンドなんです。中学校・小学校、野球部とか、能登の大会があったりしていたんですけどね。いまこういう状態でさっぱりですけど」

稲舟町は、野球場や体育館が並ぶ、 輪島市のスポーツの拠点だった。体育館前の道路は、地すべりによって2メートル近く崩れた。
さらに、2024年9月の豪雨水害で、画面右側の斜面が大きく滑り落ちた。

歌見さんは、約20戸の住民を取りまとめ、市に集団移転を要望している。集落のつながりを維持したまま、およそ1.5キロメートル離れた市街地に移り住むことを目指している。

輪島塗 塗師 歌見さん
「この稲舟の台地ごと、最悪の場合、滑る可能性があるということで、避難指示がでて。うちの女房もそうだけど、みんな『こんなところにいたくない、怖いから住めない』と」

















