“憎しみの連鎖”を断ち切るヒントになるか

イスラム過激派ハマスによるイスラエル人殺戮、そしてイスラエルによるガザへの非人道的とも言える攻撃は、まさに終わりが見えない“憎しみが憎しみを生む負のスパイラル”の様相を呈している。この状況は中東地域だけではなく、ロシアとウクライナの紛争、アフリカの部族対立など世界中で起きている“悲劇”にも当てはまる。

こうした“憎しみの連鎖”を断ち切る日は果たして来るのだろうか。希望の光はなかなか見えないが、今回身を挺して銃撃犯に立ち向かったアフメドさんのような一個人の行動が、一つのヒントになるかもしれないと筆者は今回の取材を通じて感じた。

“一人の善意”が、超高速ネット社会の中で瞬時に世界へ拡散され、共鳴を重ねることで、やがて『ポジティブなムーブメント』へと昇華していく――その可能性は決して小さくないのではないだろうか。

ユダヤ系作家のリンダ・ロイヤルさんは、身を挺して銃撃犯に立ち向かったシリア出身のアフメドさんを讃えるとともに、彼はまるで命のビザで6000人のユダヤ人を救った日本人外交官、杉原千畝のようだと語った。

「銃を奪い、命を救ったアフメド氏はムスリムだと聞いています。杉原と同じく、見返りを求めず、正しいことをした人です。この善意と勇気の物語に、オーストラリア、そして世界が希望を見いだしています」

杉原千畝が発行した「命のビザ」のコピー(リンダさん所有)  

もちろん、人間は途方もない大量破壊兵器を生み出し、凄まじい殺戮をいわば“機械的”に行うことがある。しかし一方で、小さな命を慈しみ、恐怖の中でも人間性を失わず、他者を守ろうとする揺るぎない『意志』を持つこともできる。矛盾に満ち、論理では説明しきれないこの力こそ、AIには決して到達できない人間だけの『能力』だと信じたい。

“憎しみの連鎖”の闇に差し込んだ一筋の希望の光とも言えるアフメドさんの行動。彼が病室で語った言葉を引用して今回の報告を終える。

「あの日は本当に穏やかな良い日で、子どもたちや大人、みんなが祝い、楽しんでいた。誰もが幸せで、そうして過ごす権利があった。過去の悪い出来事はすべて振り返らず、命を守るために前へ進むだけ。私は人を助けるとき、いつも心からそうしているのです」

〈執筆者略歴〉
飯島 浩樹(いいじま・ひろき)
TBSテレビ・シドニー通信員(契約コーディネーター)
2000年シドニー五輪支局の代表を務めた後、シドニー通信員として特派員業務を行う。
これまで、オーストラリアやニュージーランド、南太平洋島嶼国を精力的に取材し、歴代首相や著名人への単独インタビューなどを敢行している。
著書に『アボリジナル・メッセージ』(扶桑社)、『躍進する未来国家豪州 停滞する勤勉国家日本』(いろは出版)などがある。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。