子どもの発達からバイアスの形成を学ぶ

学習は、赤ちゃんから始まる。新生児の視力は0.02程度で、コントラスト感度も弱い。視力の悪い赤ちゃんではあるが、生まれついて好き嫌いが明確で、好きなものを長々と見る性質がある。ちなみに赤ちゃんの認知を調べる実験もこの好き嫌いを利用する、研究者にとってはありがたい性質である。

家事と仕事に忙しい母親は、この赤ちゃんの性質を子育てに利用している。テレビコマーシャルやスマホの動画など、好きな映像を流しておけば、赤ちゃんはおとなしく見続ける。子育ての専門家は、ビデオやスマホを使った“ながら子育て”に警鐘を鳴らし続けてきたが、忙しい時に赤ちゃんから目を離すことができる便利な手段である。テレビからスマホへと、時代により使うツールは変わっても、赤ちゃんが夢中となる素材は同じで、刺激の多い映像である。

刺激的な映像は、赤ちゃんの視覚認知能力を高める働きをする。弱い視力で見ることができる、一番複雑でコントラストのはっきりした映像を見せると(視力のよい大人の目からすると、チカチカして見えることもある)、赤ちゃんの視覚をつかさどる脳の学習が促進されるのである。赤ちゃんが持つこの学習本能が、その後の知識や認知、そして価値観の学習へとつながるのである。

赤ちゃんのもう一つの重要な性質が、生まれつき顔を好むことだ。生後数時間しかたっていない新生児を対象とした実験から、黒い四角を上に二つ、下に一つの目鼻口の配置の構造を好むことが知られている。さらに最近の研究から、胎内にいる胎児もこの傾向を持つことがわかっている。この基本的な顔の構造を好む傾向により、赤ちゃんはできるだけ多くの顔を見ようとして驚異的なスピードで学習は進み、顔の基準が作り上げられる。

生まれた当初は顔を見る基準は、世界標準仕様である。生まれてから半年までの赤ちゃんは、あらゆる言語や人種や種を超えた顔と音声の区別ができる。

それが1歳近くになると、区別できる顔や音声は育てられた文化の人だけへと矮小化される。自分の住む地域や国に適応するため、目と耳がその地域の顔と言語に適応し区別の範囲が狭まり先鋭化されるこの現象は「知覚的狭小化(perceptual narrowing)」と呼ばれる。

顔の実験では、生後半年以下の赤ちゃんは、人の顔の区別と同じように、サルの顔も羊の顔も、種の隔たりなく顔の区別ができたものの、この能力は生後1年近くで失われ、人の顔のだけが区別できるようになることがわかっている。

筆者のチームが行った、赤ちゃんの表情の見方の異文化比較の実験では、生後7ヶ月で日本人の赤ちゃんは目元に、イギリス人の赤ちゃんは口元に注目するという、大人の文化差と同じ結果が得られている。赤ちゃんは生まれて1年ほどで、文化特有の振る舞いを学び取るのである。

この文化差の形成は、赤ちゃんが何を見て、何を学習するかによるが、親のなにげない行動も拍車をかける。生後10か月くらいの赤ちゃんには、“社会的参照”と呼ばれる行動がある。危険な状況や不安になった時に、お母さんの様子を見て自分の行動を決定する。目の前の知らない人を拒否するか、受け入れるかは、お母さんの態度から学ぶのである。

赤ちゃんは、自分をはぐくんでくれる身の回りの人や地域の人々の中で、好きの基準を作り上げるのだ。好き嫌いの獲得は社会を生きる本能である一方で、意識化できないという特性をもつ。

バイアスに気づくのは難しいが、その一方で、このバイアスは生まれたときの学習で固定されるわけではない柔軟性も併せ持つ。バイアスに気づき、直すことができるのだ。たとえばホームステイなどで異文化に触れる中で、顔の基準は瞬く間に再学習される。外国語の学習のような、苦労はないのだ。バイアスを作り上げる学習、そしてその柔軟性については心に留めておくべきだろう。 

<執筆者略歴>
山口 真美(やまぐち・まさみ)
1964年神奈川県生まれ。中央大学文学部教授、博士(人文科学・お茶の水女子大学)。専門は認知心理学。

中央大学文学部哲学科心理学専攻卒業、お茶の水女子大学人間文化研究科人間発達学専攻 博士後期課程単位取得退学。

著書に「ままならぬ顔・もどかしい身体」(東京大学出版会・2025)ほか。

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