アテンション・エコノミーの誤謬から抜け出すために

このようなジレンマともいうべき苦境をどうとらえるべきか。実は、この問題設定自体が、アテンション・エコノミーの誤謬に陥っていることに、報道機関は早く気づくべきだろう。アテンション・エコノミーとは、情報の信頼性や正確性よりも、いかに注目を集められるか、注意を惹きつけられるかに価値をおく競争環境である。

生成AIの利用が、結果としてWeb全体のアクセス数の増加に寄与しているということは、必ずしもアテンションがゼロサムでAIに奪われているわけではないという事実を示唆している。先述の通り、そのAIの「安直さ」こそが、むしろ信頼性・正確性に対する「知りたい」というニーズを逆説的に高める裂け目になっている可能性があるのだ。

しかし、多くのニュースサイトは、信頼性や正確性を担保するジャーナリズムの精神を置き去りにするような、アテンションを奪うための「釣り見出し」や、「コタツ記事」など、自らアテンション・エコノミーの渦中へと飛び込み、クリック数、PV数の論理に依存しているように見える。だからこそ、ゼロクリックが脅威として認識されてしまうのだ。

ジャーナリズム本来の原点に立ち返って考えれば、報道機関がAIに代替されない価値を維持するために大切にすべきことは、なによりも身体性を基礎とした現地・現物を取材し確認する力だろう。

AIは、すでにテキストとして流通したものを再構成し、要約する力は優れているが、日々世界で起きている事象をくまなく調査し、検証し、観察や取材に基づいて事実を明らかにすることは(現時点では)できない。なぜなら、現在のAIはみずから世界と接触する身体をもたないからである。

誰かが一次情報を収集し、データ化しない限り、AIはそれを扱うことができない。取材現場に赴き、まだ誰も知らない情報を掘り起こし、人間の声や体験を通して社会的文脈を編み直す、この「身体性」こそが、AIには再現できないジャーナリズム固有の価値である。

したがって、報道機関が進むべき方向は、単に流入数を回復することではなく、AIが普及する時代だからこそ重要になる「信頼の再設計」である。AIの出力がとりあえずの「アンサー」を提示する世界において、報道機関は「検証された正しさ」「多様な視点から見た真実」を提供する場として再定義(あるいは原点に回帰)する必要がある。

そのためには、記事単位のアクセス競争ではなく、コンテンツの質と透明性を高める地道な取り組みが欠かせない。プラットフォーム事業者やAI事業者が手を出せないこの領域の独自性を高めることが、遠回りに見えても、その維持・強化に必要な対価を社会的に分配するエコシステムの再構築につながるのではないだろうか。

注1)Barenholtz, L. (2025) Zero-Click Searches And How They Impact Traffic.,similarweb blog, May 22, 2025

注2)Fishkin, R. (2025) New Research: 20% of Americans use AI tools 10X+/month, but growth is slowing and traditional search hasn’t dipped., SparkToro blog, Aug. 26, 2025

注3)Fishkin, R. (2024) New Research: We analyzed 332 million queries over 21 months to uncover never-before-published data on how people use Google., SparkToro blog, Dec.2, 2024

注4)Goodwin, D. (2025) Google AI Overviews now show on 13% of searches: Study., Search Engine Land, May 6, 2025

注5)共同通信社(2025) 米グーグルとニュースコンテンツ提供の新契約. 共同通信社 (2025年11月3日取得)

注6)Singh, J. (2025) New York Times partners with Amazon for first AI licensing deal. Reuters, May. 30, 2025

注7)読売新聞(2025) 生成AI検索サービスで記事を無断利用、読売新聞が米新興企業に21億円の賠償請求, 読売新聞オンライン2025年8月7日

<執筆者略歴>
宇田川 敦史(うだがわ・あつし)
武蔵大学社会学部メディア社会学科准教授
1977年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士後期課程修了・博士(学際情報学)。京都大学総合人間学部卒。
専門はメディア論、メディア・リテラシー。複数のIT企業にてWeb開発、デジタル・マーケティング、SEO、UXデザイン等に従事したのち現職。
主な著書に『アルゴリズム・AIを疑う 誰がブラックボックスをつくるのか』(集英社、2025年)、『Google SEOのメディア論 検索エンジン・アルゴリズムの変容を追う』(青弓社、2025年)、『AI時代を生き抜くデジタル・メディア論』(北樹出版、2024年)などがある。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。