11月9日に福岡国際センターで初日を迎える大相撲九州場所の新番付が発表されて、先場所西十両3枚目で11勝した錦富士が東前頭15枚目に昇進。秋場所を全休して東十両7枚目に下がった尊富士に代わって4場所ぶりの再入幕を果たし、142年続く青森県勢の幕内在位を守った。

重圧の中、期待を背負い、使命を果たした錦富士の先場所を改めて振り返ってみよう。

十和田市出身の29歳は、場所の序盤から悲壮感いっぱいの顔つきだった。同じ伊勢ケ浜部屋の後輩で、幕内優勝経験もある26歳の尊富士が右腕のけがで初日から全休し、十両転落は確実だった。同じ伊勢ケ浜部屋で先輩になる宝富士もいたが、38歳のベテランは東十両12枚目で負け越した。自らが大勝ちして幕内に上がらなければ、「入門時から知っていた」という1883年(明治16年)から続く大記録が途絶えるという危機を迎えていた。

明治以降、この記録をつないできた青森出身の幕内力士は約80人いるという。その中には入門時の師匠である先代伊勢ケ浜親方の元横綱・旭富士(現宮城野親方)もいた。「先輩たちがこんなにもすごいことをやってきて、自分もここに立っている」。最低でも二けた白星が欲しいと臨んだ土俵で、序盤は5日目に敗れて3勝2敗に。厳しい出だしとなったものの、ここから6連勝した。

目標の10勝にあと1勝と迫って一気に決めたいと意気込んだ12日目の相手は、初対戦の栃大海だった。だが、本人が「勝ちたい思いが先にきてしまった」というように動きが硬くなり、相手のはたきに落ちてしまった。だが、そこで力を出し切ることに気持ちを切り替えたのが良かったのだろう。その成果が翌13日目の元大関、朝乃山との一番で出た。

けがで三段目まで落ちて、再起を目指す実力者はそこまで2敗。こちらも幕内復帰に向けて必死の土俵を続けていた。錦富士は立ち合いから低く踏み込み、頭で当たると両手突きで起こす。先に得意の左四つになると、休まずにがぶって寄った。最後は土俵際で腰の伸びた朝乃山に右からの上手投げをお見舞した。快勝だった。

二けた10勝を挙げたが、この時点では「まだ(再入幕出来るか、は)分からない」と話していた。14日目には幕内の朝紅龍(西前頭14枚目)と当たっての勝利。千秋楽こそ、2敗で十両優勝した朝白龍に敗れたが、堂々の11勝4敗の好成績をマークして、試練の15日間を終えた。

千秋楽取組後の錦富士は、疲れ切ってはいたが、充実感に溢れていた。勝てば、3敗同士で十両の優勝決定戦へ進むはずだったが、「負けたことが悔しいというより、ようやく終わった、という感じですかね。15日間、やることは出来たのかな」と笑みが広がった。最高位は西前頭3枚目。22年名古屋場所の新入幕から幕内は合わせて17場所経験している。

「幕内で、上位との対戦も経験したけど、どんな場所よりも、心身ともに疲れた場所だった」

苦しい中での支えは、妻と2男がいる家族と、「相撲王国」と呼ばれる地元・青森への強い想いだったという。「自分は(立ち合いに頭で当たる時に衝撃の来る)首が悪くて、いつ現役が終わってもおかしくないと思っていた。この1、2年はなかなか集中できなかったけど、先場所くらいから割り切れるものがあった。妻は1日6食作って、サプリメントも30種類そろえて。2人の子どもを育てるのも大変なのに感謝している。一緒に戦ってくれた」。

少子化の影響を受ける故郷への愛着も強かった。「青森でも相撲をやる子どもが減っている。少しでも自分たちが頑張っている姿を見てもらって、『相撲王国』が復活してくれたらいい」と語った。

同じ日、青森勢として13年間幕内を守った宝富士が静かに最後の土俵を振り返っていた。14日目から2連敗して最終的には5勝10敗となり、九州場所の幕下転落が確定的になっていた。「場所前から稽古も十分できなかった。良い相撲をみせられずに申し訳ない」。後輩・錦富士の活躍で大記録が継続されることを見届けたように場所後、引退を発表した。

宝富士は09年初場所初土俵。以来、1度も休場することなく続けた通算連続出場記録が歴代6位の1398回となる。左四つの型を持ち、最高位は関脇。「休むときは引退だと思っていた」という16年半の力士生活は99場所。うち78場所が幕内で、青森の記録に貢献してきた。決して派手ではなかったが、現師匠である元横綱・照ノ富士を始め、伊勢ケ浜部屋の力士は宝富士との稽古で力を付けた者ばかり。印象に残る力士だった。

県別でみると、青森に続くのは茨城の43年がある程度で、他の都道府県との差は歴然だ。鏡里、初代・若乃花、栃ノ海、2代目・若乃花、隆の里に旭富士を加えて、輩出した横綱は6人。大関も幕内力士の記録の始まりとなった一ノ矢以降、大ノ里、清水川、鏡岩、貴ノ花(元横綱・貴乃花の父)、貴ノ浪がいる。

一度は苦境を乗り切ったとはいうものの、大記録を継続するのに安心は出来ない。現在の十両以上の関取は2人になった。ただ1人の幕内力士である錦富士はもちろんだが、十両に落ちた尊富士の頑張りは是非とも必要になる。

同郷の者を「くにもん」と呼び、他の世界以上に大切にしてきた角界。頂点に立つ横綱・大の里の地元・石川からも、同じ津幡町出身の欧勝海が新入幕して、東前頭16枚目に昇進した。いずれはそんな2人の対戦があるかもしれない。出身地に重きを置く視点で「一年納めの場所」を見てみるのも、ファンにとっては一興だろう。

(竹園隆浩/スポーツライター)