料理人の男性「うちと逆だな」

「食べるのはあれ以来だな」と長澤さんは、当時のことを懐かしそうに教えてくれた。彼の眼にはシベリアの風景の中に、恋人ターニャの姿が映っていたに相違ないだろう。

ボルシチは日本の味噌汁のような存在で、各家庭の味があるという。長澤さんにボルシチを作ってくれた、ターニャの味に近かったのだろう、長澤さんも満足していた。そんな長澤さんの話を興味深そうに聞いていたのが、世界を旅しワールドワイドな料理を学んだと豪語する、60代前半の料理人だった。彼は、突然こう呟いた。

「うちと逆だな」

実は、この男性の曽祖父はロシア人で、日露戦争で捕虜となり名古屋の収容所で捕虜として暮らしていたという。その時に出会ったのが、男性の曾祖母。
つまり、ひいおじいちゃんはロシア人で、ひいおばあちゃんは日本人だったのだ。