迎えた終戦、嬉しさもつかの間「犬が去って、豚が来た」
1945年8月15日、戦争に負けた日本は台湾を手放すことになった。入れ替わるように台湾を統治したのは、大陸から来た国民党だった。
「終戦はやっぱり嬉しかったね。あの時、アメリカのB29が台湾の空の上からビラをまいているわけ。『あなた方の負けだよ、日本人の負け』というビラを覚えている」
「今度は大陸から兵隊が来て『接収』といって台湾の土地を中国に戻すと言った。なぜこれを嬉しいと感じたのかよくわからないけれど、国民党の旗を見ると、なぜか子どもながらに『祖国に帰れた』と感じた」
当時12歳だった周さん。自分が日本人なのか、中国人なのかという考えは定まっていなかったというが、何よりも「戦争から逃れられること」が嬉しかったと話す。
「疎開地では米は食べられない。ほとんどは芋、それからおかゆ。ちょっとした野菜をめぐって親戚みんなで争って食べる時代。だから、戦争が終わったのはやっぱり嬉しかったね。決して思想の問題とは関係なく、この苦しい時代から別れを告げることが嬉しかったのだと思う」
しかし「祖国に帰れた」という喜びは、あっという間に深い絶望に変わる。
「(国民党統治が始まって)初めは嬉しかったよ。ところが汚職問題が発生した。私が覚えているのは、交通がとても乱れていた。今みたいに規則通り赤信号とか青信号とか全然無いからね。あの時『嫌だな、こんなのは』という感情が出てきた」
国民党の統治が始まると戦後の混乱もあいまって、インフレが進み物価が高騰。また、国民党は市民に対して公然と賄賂を要求するなど腐敗しきっていた。
当時台湾では、こんな言葉が流行ったという。
「犬が去って、豚が来た」
番犬としては「どう猛でうるさい犬(日本)」が去り、今度は「貪り食うだけの豚(国民党)」がやって来た。それは台湾市民の新たな支配者に対する痛烈な皮肉であり、深い絶望の声だった。
日本統治下の不平等から解放された少年が見た国民党の腐敗。希望から絶望へ。
そんな中、少年は当時タブーとされた「共産主義」に希望を見出していく。しかし、それは新たな苦難の始まりでもあった。
(後編へつづく)














